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【ホワイトヘッド】ニッケルボーイズ

ニッケル・ボーイズ [ コルソン・ホワイトヘッド ]

価格:2,200円
(2021/7/24 12:18時点)
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あらすじ

1960年代アメリカ。アフリカ系アメリカ人のエルウッドは、祖母と暮らしながら勉強、バイトを頑張っていた。この秋には大学に進学することになっていたが、無実の罪により少年院であるニッケル校に送られー?!

 

読んでみて

読むのが辛い作品だった。

実在する「ドジアー校」がニッケルのモデルになっているため、その概要が書いてる記事を予め読んでいた。そのため、何が起こるかはなんとなく分かっていた。

だからこそ辛かった。

特に、エルウッドは恵まれない状況ながらも勉強を頑張り、バイトをし、悪い噂のある友人とは付き合わず…。より安易な方に流されないように頑張っていた。

にも関わらず、そこからどんどん悪い方にいってしまう。

「地下鉄道」は描写としては辛いことや残虐なことが多かったけれど、それでも「奴隷」という最悪な立場から抜け出すことを目的としているため、どこかしらに希望があった。最後の最後まで希望を持つことができた。

でもこのニッケルボーイズはどんどん悪くなっていくので、いつもっと悪いことが起こるのかと戦々恐々として読んでいた。

内容としては淡々としていて、残虐な描写もあっさりと描かれている。それがまた辛い。

実在の学校をテーマにしており、そして現代でも解決していない問題であるため、地下鉄道とは書き方をあえて変えているとのこと。

分量的にも短いのだけれど、地下鉄道にあった疾走感はなく、どんよりとした空気が纏わりつく。

エルウッドの入学

エルウッドは大学に行くためにヒッチハイクをする。ヒッチハイクが身近ではないのでよく分からなかったのだけれど、車をみんな持っていない時代、さらに公共交通機関も人種差別をされていた時代には、同じ黒人の車に乗るのが安全だったのだろうと推測できる。

不運にもウルウッドが乗った車が盗難車であり、エルウッドは捕まってしまう。

運転手がどうなったのかの記載はない。

あらすじの紹介には「無実の罪で〜」とあるが、私が思っていた無実の罪とはちょっと違っていた。不運にも無実の罪をきせられたというよりは、ただの警察官の怠慢でしかないと思う。

黒人=犯罪者であり、エルウッドが盗んだのではないと分かっていても、どうでもよかったんだと思う。警察に目をつけられたら終わりの世界で生きていたんだな、と。

前半は丁寧にエルウッドの生活が描かれていたが、突如それが終わりを告げ、ニッケル校に入学することとなってしまう。

最初は思ったよりも学校っぽい?と思っていたのだけれど、徐々に異常さが明らかになっていく。

体罰は当たり前で、それは何か正当な理由がなくても行われる。騒いだだけ、とか。

エルウッドも騒ぎを起こした側ではなく、騒ぎを止めようとした側なのにそれは関係なかった。また、何回鞭で打たれると言うのも明確に決まっていないことが分かる。

つまり、やる側が感情に任せてやっているだけであり、そこに基準も何もない。

黒人のことを馬鹿にしている白人の方が何も考えておらず、自分をコントロールできていないことが分かる。

町ぐるみの不正

怖いと思ったのは、学校が行っている不正の数々を町ぐるみで支持しているということ。こういうのを知ると閉鎖的な空間だから行われたわけではなく、黒人を虐待してもいいという共通認識があったからこそ行われていたことが分かる。

この作品を読んで強く思ったのは、国ぐるみで黒人を虐待していたのだということだった。それがずっと続いていて、さらに今でも残っている。そんな国で安心して暮らすことなんてできないと思う。ものすごく怖いと思う。

鞭を打ったり虐殺した学校関係者も問題だけれど、本来なら子どもたちに配られるはずだった食事や衣類を買ったり、労働力として子どもを買ったりした人々も同罪のように思う。

また、鞭を打った当人たちが、町に貢献した人として表彰される場面がある。恐らくそれは本当で、白人に対しては優しく暖かかったのだろう。

学校の看護師も白人対しては母親のように接するが黒人に対してはそうではない。医者も同じようなもので、黒人ばかりが鞭打ちにされているのにそこに介入しようとはしない。

たくさんの大人が関わっているにも関わらず、誰も彼らを助けようとはしない。

これは不正を告発しようとした場面でも同じことが言える。エルウッドはこの国がちゃんと機能しているという希望を持っていたけれど、みんな知っていてやっていたのだということが分かる。

虐殺

体罰の最後には虐殺が待っている。鞭を打たれ、拘束され、そのまま放置される。そしてそのまま埋められる。

「逃走した」と虚偽の申請をされて。多くの子どもたちがそうなった。

ボクシングの試合で不正を働こうとしたが、うまくいかなかったからという理由で殺される。お金のために殺される。

お金なんかのために殺されるなんて。

木の幹についた輪が何なのかを知っている者は、いまではほとんどが故人となった。鉄の輪は、まだそこにある。錆びついて。幹の深くに食い込んで。耳を傾けようという気がある者に、何があったのかを証言している。

エルウッドとターナー

エルウッドはキング牧師の言葉を思い返す。

私たちを刑務所に放り込んだとしても、私たちはあなたがたを愛するでしょう……だが、これは断言しておきます。私たちは、耐え忍ぶという能力によってあなたがたを疲労させ、いつの日か自由を勝ち取るのです。私たちにとっての自由を勝ち取るだけではなく、あなたがたの心や良心に訴えかけるなかで、あなたがたのことも勝ち取り、私たちの勝利は二重の勝利となるのです。いや、そこまでの飛躍をして愛することはできない。その主張をする衝動も、実行しようとする意思も、彼には理解できなかった。

辛い。暴力を振るう方が圧倒的に悪いのに。愛することなんてできないのは当然だと思ってしまう。


物語は現代とニッケル時代が交互になっている。

最後の最後であっ!と驚く展開が待ち受けている。「そういうことか!」となると同時にとても悲しくなる。

現代のターンでの言葉。

もし、事情が違っていたなら。少年たちは、あの学校に潰されさえしなければ、いろいろな未来に進むことができた。病気を治したり脳手術を行ったり、人の命を救う何かを開発する医師。大統領候補。失われてしまった天才たち。確かに、全員が天才だったわけではなく、チャッキー・ピートだって特殊相対性理論を解いていたわけではないが、彼らには平凡であるという単純な喜びすら与えられなかった。レースが始まる前から、すでに足を引きずってハンデを背負わされ、どうすれば普通になれるのかはわからずじまいだ。

著者であるホワイトヘッドが伝えたかったことだと強く感じる。

ただの子どもたちが、大人に白人社会にどれだけ虐げられてきたのか…。

そして今になってもその問題の所在は明らかにされておらず、2011年まで学校がやっていたことがまず驚きだ。より調査が進むことを願う。

 

 


↓ネタバレあり↓

 

最後に

もし、彼があまり疲れていなかったなら、かつて若かったころに聞いた話のなかに、そのホテルの名前が出てきたことに気がついたかもしれない。調理室で冒険の物語を読むのが好きだった少年についての話のなかに。だが、彼は気がつかなかった。腹が減っているところに、店はどの時間帯でも料理を出してくれる。それで十分だった。

この部分は現代の感覚で言ったら当たり前なんだけども、エルウッドが夢見た世界であって、それがまだたった数十年前の話なのだということ。

時代は進んだし、改善されている。でも、まだ今の現状も改善の余地がたくさん残されているのだと感じる。

 

↓同じ著者の「地下鉄道」の感想はこちら↓

oljikotoushi.hatenablog.com