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【ホワイトヘッド】地下鉄道

地下鉄道 (ハヤカワepi文庫) [ コルソン・ホワイトヘッド ]

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感想(1件)

あらすじ

アメリカ南部にて奴隷として生まれたコーラは、ある時同じ奴隷仲間のシーザーから逃げることを提案される。そしてコーラは地下鉄道に乗って逃げることになるがーー?!

 

読んでみて

読んでいて悲しかったし苦しかった。とにかく残虐なことが多い。

白人から黒人への差別は壮絶すぎる。本当に信じられないことばかり。

そして最も信じられないことは、彼らは黒人に対して罪悪感を抱いていないこと。当たり前だと思っている。

黒人が自分たちより劣っていること、管理しなければならないこと、生き死にを決めること、価値がないこと、そして人間でないこと。


そう、当時の白人たちは黒人のことを人間だと思っていない。

それが大前提にある。

どの時代であっても罪を犯した人は罪悪感を感じる。開き直ることはあっても、全く感じないってことはない。

でも白人たちは感じない。

黒人を傷つけることも辱めることも強姦することも拷問することも殺すことも。

黒人対する仕打ちは当然のことだと思っている。

むしろ自分が正しているとさえ思う。

コーラの農園の主人(弟)は残虐でとてもひどい。

でも普通の市民として暮らしている白人たちが、毎週金曜日になると絞首刑を娯楽として楽しんでいる様にはひどく嫌悪感を感じる。信じられない。

ひどい白人がいた、それだけじゃない。

その当時生きていた全ての人間に偏見と差別があった。

そしてそれは黒人たちにもあったんだと思う。「青い眼が欲しい」の時代でもそうだったのだから。

生まれた時から差別を刷り込まれてしまうから。


この物語はコーラの物語だけではなく、コーラの祖母から始まり母の物語もあるし、シーザーの物語もある。

奴隷狩りの物語だってある。色々な面から描かれている。

祖母の物語もとても悲しい。

当たり前に自分の家や暮らしがあったのに、それから突然切り離され、家族と離れ離れになり、家畜のような扱いを受ける

当たり前のように裸にされ、市場に出され、買われ、刻印をつけられ、所有物となる。

いつか当時の黒人がどのように船で運ばれたのかという絵本を読んだことがあって、それがとてつもなく衝撃的でずっと覚えているのだけれど、その映像がずっと頭に浮かんでいた。

調べてみたら「あなたがもし奴隷だったら…」という本でした。

家畜のようにと書いたけれど、実際は家畜よりも大事にされていなかったのだと思う。

アフリカ大陸にはたくさんの黒人がいて、連れてきた黒人も子どもを産むから白人は奴隷に困らなかった。

むしろ人口が白人よりも増え過ぎて、復讐されるのを恐れたくらい。

そう思うと、自分たちがひどいことをしてきたってことはどこかでちゃんと分かっていたんだな、と思う。


この時代の物語をちゃんと読んだことがなかったので、色々と考えていた。

こういう歴史の上にアメリカという国が成り立っていることをアメリカの人々はどう感じるのだろう。

戦争をしたことがある国の子孫なら誰でも直面することだとは思うのだけれど。

日本も北海道や沖縄や朝鮮や中国や台湾や...ちゃんと学ばないとと思う。


衝撃的だったのはホワイトハウスも実際には黒人が作ったという部分。

それ以外の多くの建物も。

言われてみるまで気づくことができなかった。

白人が主導したとしても実際に作ったのは黒人で、でもそれはなかったことにされている。


この作品は人種差別についての本ではあるのだけれど、差別はそれだけではなく性別や貧富の差も密接に関係している。

強いものが支配し、自分たちよりも弱いものを虐げる。そして弱いものはさらに弱いものを虐げる。

同じ黒人でも男性は女性に暴力を振るう、同じ黒人でも黒人を管理すぐ側になる、同じ黒人でも自由黒人は逃亡黒人を売る、同じ黒人でも白人と奴隷狩りをするーーー。

この時代は肌の色で人間を見ていたけれど、実際にはそれはその人たちの一つの要素に過ぎない。だから黒人であるというだけで全ての人が黒人の自由のために手を貸すわけではない。

奴隷黒人を捕まえれば賞金が入るから捕まえる。

人間だから黒人同士の中でも序列が生まれる。

そういう部分を支配する白人側はうまく使って支配が続くようにする。

 

でもそれは白人にも言えて、白人だからといって全ての人が黒人を奴隷にするのではなく、自由にしようとする人もいた。

奴隷から自由になるために逃げるコーラやシーザーたちもものすごい勇気がいると思うのだけれど、白人として生まれて黒人を助ける人たちも勇気がいるのだと思う。

もちろん彼らはコーラたちと比べると圧倒的に強者で、生まれた時から死に怯える続ける必要があるわけではない。

でも、自分が何もしなければ自分の安泰が脅かされない状況で手を貸すのは勇気がいるように思う。

なんというか自分だったらできるのか、と思う。どうなのだろう。

地下鉄道に限らず、戦争でもなんでも虐げられている人を助けようとする人々は必ずいる。

きっと彼らも葛藤していたのだと思うけれど、自分が同じ状況でできるのか分からない。

できたらいいとは思うけれど、実際にできるかどうかは別だと思う。

多くの人は思ってもできないんだと思う。それを頭の脇に置いて自分の生活に主軸を充てるんだと思う。

1984年を思ったり、杉原千畝さんを思い浮かべたり…。


移民としてやってきた白人はアメリカ人から差別されるけれど、彼らは同じように黒人を差別する。

そこで協力的ないのか??

自分がやられて嫌だったことをやらないようにすべきでは??

と色々思う。

でもそうではなくて、自分たちよりの下の人間ができたことが安心できる。

それに黒人を差別することは当たり前だし、黒人の逃亡を手助けたしたことも犯罪だった。

そこに疑う余地はなかった。

日本でも何か悪いことをした人に対して徹底的にバッシングする傾向がある。

むしろバッシングできることをみんな楽しんでいる。

それは曖昧なことではなくって、誰が見てもひどいことだからこそできる。

当時の人たちも同じような心境だったのではないだろうか。

差別されている自分よりも下のひとがいると安心する。

だから差別されている同士の中でも序列ができる。


奴隷狩り人であるリッジウェイの執念が怖い。

コーラの母を取り逃したことがコーラへの執念のきっかけになっている。

にしても黒人を逃すのは人の財産を盗ったということで罪なのも信じられないし、奴隷だった黒人を捕まえたら連れ戻せるっていうのも怖い。

白人からしたら黒人の細かい差異をよく分かっていないはずなのに、逃亡奴隷となった途端に詳しく風貌やクセなんかも書かれて探されるって怖すぎる。

今まで一人の個人でも人間ですらなかったのに。

そんなに分かっているのにどうして人間として扱えなかったのか…。


「すべての人間は生まれながらにして平等でありー」

アメリカ独立宣言の言葉。

でもそこに黒人は入っていない。

明らかな矛盾なのに不思議に思わない。

なぜなら黒人は人間だと思われていないから。

コーラがこの文面について考える場面がすごく心に残っている。

本当におかしいと思うし、ものすごく怒りを感じる。

崇高なことを言っているのに、結局は自分たちの都合のいい方にしか解釈していないんだよね。

「すべての人間」って書いてあるのにね。

黄色人種も含まれてなかったんでしょうし、白人以外は含まれてなかったんだよね。


とにかく人間の醜悪な面を見すぎて辛くなってしまった。

コーラやシーザーたちが逃げる過程はものすごく緊張したし、とにかくもっと逃げた方がいいのでは??とすごく思っていた。

案の定…という感じ。

でもずっと逃げてきて、やっと一息つけて、やっと人間らしく扱ってくれるところができたらそこにいたくなるよね…。

だっていく先も分からないし、そこが今よりも良いのか悪いのかも分からないんだから。


この物語自体はフィクションだし、当時に地下鉄道も走ってはいなかった。

でも南部の様子だったり、奴隷として生きる黒人の生活だったりは史実が基にされている。

だからこそ辛いのだけれど。

黒人に対しての差別は暴力を振ることだけではなく、色々な形でその当時の生活の中にあったことが分かる。

例えば黒人の処刑が娯楽になっていること、白人が黒ぬりにして黒人を馬鹿にする劇をする、黒人を病気の実験台にする。

白人が黒塗りにすることについては、問題になっていたニュースを読んだことがあった。それは昔ながらの文化だと擁護していた人も見た気がする。

でもそれは黒人たちの側からの視点では見ていないのだと感じる。コーラの目を通して見た時の衝撃!自分たちの話なんて聞かず、虐げている側が自分たちのことを分かった気になって劇をしている。ものすごく醜悪だと思う。

あとは病気の実験台にされたことも、新型コロナのワクチン関連のニュースで黒人の方がワクチンに否定的な人が多かったらしく、その背景には過去に実験台にされていた歴史があることを知った。

いやー、これは衝撃的だった。だって同じ国民なわけじゃん??

しかもまだそんなに経っていないという。こんな歴史があったなら、そりゃ信じれないなって思う。今だってまだ人種の偏りがあるわけだし。


あとは黒人の血が入っていても見た目が白人だと白人として扱われるらしくて。

黒人の血が入っていたとしても肌が薄ければ良い地位に就けるらしくて、そういう順序があったのも驚いた。

なんかもう本当に見た目だけが大事なんだなと呆れてしまった。

自分と少し見た目が違う子をいじめる子どもと何も変わらないよね。

それを賢い人たちもみんなやってたなんて。

でも今でも国同士の争いはあるし、何か違いを見つけて争っているわけで。

何も変わっていないんだな…。


戦争とかをみれば分かるけれど、保障されると人間ってどこまでも残虐になれるんだよね。

スタンフォード監獄実験がまさにそう。

これは看守役と受刑者役に分かれて行ったもの。

ジェーン・エリオット先生の「青い目と茶色い目」も同じ。

何か違いを見つけて、そこに優位性をつければあとは勝手に各々が差別してくれる。

黒人と白人の関係がそれが長い間ずっと当たり前にあって、生まれた時から刷り込まれて行くから根深いんだと思う。


ややネタバレあり!!

 


コーラリッジウェイに捕まったところでちょうど本を読むのを一時的に中断しないといけなくて。その後に母の話が始まったから、もうコーラは…ってすごく辛くなったのだけど、続きがあった時はすごく嬉しくなってしまった。

コーラが何度も危機にあいながらもなんとか生き延びたのは、やはりフィクションだからこそだと思った。

でもどうなんだろう?事実は小説よりも奇なりと言うしね。

ハリエット・ダブマンという方は何人もの奴隷を逃して自由にしたみたいで。その本を次は読んでみたい。


にしてもコーラの母・メイベルの話は本当に辛かった。

私はコーラも逃げ延びたわけだしメイベルもてっきり逃げ延びたのだと思っていたのだけれど…。

ものすごくゾッとした。でもとてもありそうだとも感じた。

そういう人たちもきっと多かったのだろう…。


↓「青い眼がほしい」の感想はこちら↓ 

oljikotoushi.hatenablog.com

 


地下鉄道を読むとここまでひどい差別が当たり前だったからこそ、青い眼がほしいでも差別が根強くあるのだということが理解できた。

にしてもアメリカって自由の国だと思っていたけれ限定的だったということが分かった。


ホワイトヘッドさんの作品で「ニッケル・ボーイズ」というのも読んでみたい。

つらつらととりとめもなく書きましたが、ここまでお付き合いくださった方はありがとうございます。

他の方の感想も読んでみたいな。