文学系心理士の自己投資ブログ

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【プレイディみかこ】ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー

【プレイディみかこ】ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー


ネットの本屋さんで何冊か本を買っていた中の一冊。しばらく前から書店に行くとよく見かけて、帯とか読んで、課題図書なのか?子ども向け?となんとなく思っただけで読まずに終わっていた作品

いつも平積みだしものすごく人気なので読んでみることにしたのだけど、思っていた以上によかった!確かにこれは一生ものの課題図書だね!

 

 


読んでみて

小説っぽさはあるのだけどエッセイなのでどんどん読めて初心者向けでもあると思う。カミュのペストと比べたらすごく読みやすい笑。ペストと比較するものでもないけど笑。

文体としてはわりと軽めに書いてあって読みやすいのだけど、内容としてはかなり深い。外国の子どもと日本の子どもの差ってこういう問題に日々直面しているかどうかで生まれるのか、としみじみ思ったよ。


差別について

一貫して書かれているのは差別について。表題からも予測できるように主人公である、プレイディみかこさんの息子さん日本人の母アイルランド人の父を持っている。英国で生まれ育っているけれど、中学生になった彼は外見が東洋人にみえるためそのことで差別を受ける。「チンク」って言われるのとか初めて知ったし、わざわざ東洋人をみかけたら車を止めて言うとかどんだけ差別したいんだよ、って思ったし、そこで変に刺激すると殴られるかもってことで治安悪くない?!とも感じた。欧州とかって差別に対して声高に反対するイメージが強かったけど、安全のために刺激せずにやり過ごしていて、確かに自分一人の時とか男性がいない時は危なくて何かアクション起こすことはできないよな。

日本でも変な人、女性にぶつかる人とかよく分からないこと言っていちゃもんつけてくる人とかはいるけど、そんな人に真っ向から向かったらガタイの良い男性じゃないと危害加えられる可能性が高いからやり過ごすことが多いけどそれと一緒だよな、と思った。

息子くんはイギリスで生まれ育っているからイギリスが彼の国なんだけども、見た目は東洋人よりなため差別され、かといって日本に来ると日本語が話せないのもあって差別され...とどちらの国からも疎外されてしまっている。

彼が日本語を話してなかったことで変に絡んでくるおじさんが出てくるのだけど、ああーーーこういう人いるーーーってすごく思ったよね。本人は差別してる意図はないのだろうけどナチュラルに差別をしている

国籍はもちろん見た目も日本人っぽくないと日本人として認めないって風潮がある。イギリスに比べたら日本にはあんまり多様性はないかもしれないけど、実際にはわりと外国にルーツがある子って日本でもけっこう多いはずなのに、なぜかそのあたりは注目されない感がするのだよね。分かるかな?私が子どもの頃も中国や韓国や中東辺りにルーツがある子は多かったのに、大体白人じゃないと持て囃されないというか...。

作中でも「ハーフ」って言われることについての話が出てくるけど、自分たちとは違う人間としてしか見てない人が日本には多い気がする。3歳の頃、息子くんが日本に来たときに周りからジロジロ見られたのも自分たちとは違う人間として感じてたからなわけで。そして彼にとっては異質なものとしてみられるのは初めての経験だったんだよね。

 

あれは息子にとって、「違うもの」として人々に見られた最初の経験だったのだと思う。」


多様性を認めるっていうのは、相手を異質なもの、自分たちとは違うものとはみないことなんじゃないのかな?自分と相手を明確に分けないというか、だって同じ人間なんだし似てるところは多いはずだし、そもそも人種で分ける必要がないというか、趣味が一緒とか気が合うとかそういう分け方もできるはずじゃん?もちろん自分たちのルーツは大事にすべきだけど、人と人との関わり方で人種を中心にしないことが多様性を認めるってことなのかも?日本だと特定の国の人たちが差別されてるけど欧米では東洋人っていうくくりで差別されるし、もし宇宙人が出てきたら人類と宇宙人で差別されるんだなあと思ってたり。

人種差別っていうと日本だとそういうのがあるって思っていない人が多いけど、中国や韓国あたりへの差別は強いと思う。友人で嫌な思いをしたことがあるっていう子もいたし、ルーツを明かすと嫌な目に合うから基本的には隠しているっていう子もいたし…。同調圧力強い国だから自分たちと少しでも違うと異質に分類されてしまうんだよね。別に人種に限らず多様性とはほど遠いように感じる。髪型や服装もそうだし、不登校になったり働いていない時期があったり、そういう『普通』と外れた人は異質にみられる傾向が強いと思う。多様性があることで大変なこともあるだろうけど、どんな人でも認められる場は全ての人にとって生きやすい場所だと思うんだけどね。


差別と差別

息子くんの友人で差別的な発言をするダニエルは周りからひどいいじめを受けていた。いじめっていう言葉は矮小化しているように感じて好きじゃないのだけど。もちろん差別に対しての正当な抗議は必要だと思うけど、タニエルの場合はダニエルから何も言われたことがない子たちが一方的にやっていて(本人じゃなきゃ抗議しちゃいけないわけじゃないけど)、本人たちは正義のつもりでやっているので歯止めが効かなくなってしまっていた

 

「僕は、人間は人をいじめるのが好きなんじゃないと思う。……罰するのが好きなんだ」


息子くんのこの言葉は本当にその通りだと思う。自分が正しいと確信すると人は暴走する有名な監獄実験がそれを示していて、自分が正義の元に正しいことをしていると感じてしまうと、それが本当に正しいことなのかそうでないことなのか、倫理的にどうなのか、とかそういう歯止めが効かなくなってしまう。特に分かりやすい肩書があるとそうなりやすい。警察も特にそうだし、看守もそうだと思う。そしてダニエルの場合はダニエルは差別主義者だから罰しても良い、という認識ができあがってしまったのだと思う。興味深いのは実際に差別を受けた息子くんや他の友人はいじめに加担していない、ということ。つまりダニエルは別に全く対話ができないわけでも柔軟性がないわけでもない。だからいじめている人たちはダニエルの差別をやめさせたいわけじゃなくて、叩きやすい藁人形を欲しているだけなんだと思うでもそれが「差別主義者を批判している」という大義名分に隠れてしまって、ややこしくなっている。

差別はよくないと思っている子どもたちであっても大義名分を与えれば同じようなことをやってしまうのだと思うとゾッとする。自分自身も正義を振りかざしていないか、結局は自分が気持ちよくなるためにやっていないかを常に考えていきたいと思う。


貧困と格差社会

人種、貧困、宗教、...などなど色んな問題が出てきた中で、貧困はどの国にもそのまま当てはまることのように感じた。

英国の公立学校の制度はすごく興味深くて、どこの中学に行くかで将来が決まってしまう可能性があるっていうのは中々の格差社会だと思う。そう思うと日本の中学にはそこまで差がない。私も底辺中学出だけども一応大学も出てるしそれなりに高学歴に分類される。もちろん人によってはもっと教育が充実してた中学に行くことで将来が変わった子もいたかもしれないけど、中学校自体はそこまで影響しないように思う。それよりも本人のやる気と高校や大学に入れる金銭面があるかどうかではないだろうか。

あと、英国の貧困家庭の子どもたちは危ない仕事をすることで命の危険に晒される可能性があるっていうのも日本だとそこまでないと思う。もちろん子どもを犯罪に巻き込もうとする事件はあるけど、英国みたいにルートがそこまでできあがっていない印象がある。

やっぱりドラッグっていろんな元凶になるのだなぁと。作中でも貧困家庭のティムが兄からナイキのシューズよりも自分の命の方が大事だから危ないことは絶対にやるなって言われているのだけど、金があるかないかで安全に生きれるかどうかが変わってくるっていうのが子どもの頃からすでに始まっているという事実に辛くなる。そうしてそのまま貧困から抜け出せないと危険な仕事に就かざるを得なくなる。身体を酷使する仕事だったり、カミュのペストでも危険が高い仕事を貧困層がしていたし、大震災後にも原発の仕事の募集がされていたけれど、結局自分の安全を売ってるんだよね。中にはお金が必要だから危険があってもやるわけでwin-winだという人もいるかもしれないけれど、お金があればそんな危険は回避して生きれたんだと思うと、なんか醜いものを感じるよね?どんな家に生まれるかで大筋の人生は決まってしまってそこから抜け出そうとするとものすごい努力と周囲の助けと運が必要だってこと

ティムみたいな子は大勢いるんだなあ、みんな幸せになればいいのにって切実に思う。でもみんなをどうにかすることは個人にはできないし、それは政治がすべきことで、個人がすべきことは限られている。

息子くんが貧困層であるティムにどうにか新しい制服を渡そうとして言う言葉、

「友だちだから。君は僕の友だちだからだよ」

これが胸にどっしりとくる。「困っていると思ったから」「助けたかったから」はされた方はありがたくても卑屈になってしまうと思う。「友だちだから」はそういう卑屈さをなくして、自分も相手も誇りに思える気持ちにさせてくれる言葉だと思う。中学生なのにすごいなあとしみじみ感じる。


デモはクール!

この感覚日本にはないよね?そもそもデモに行くっていうのがあんまりメジャーじゃないというか。諸外国だとデモは市民の当然の権利っていう感じだけど、日本はせいぜい選挙に行きましょう、くらいしか言わないよね。というか選挙自体も行かない人も多いし。

自分の将来のことを考えることがカッコ悪いわけないから、クールなのは当たり前なはずなのに、「デモはクール!」って言い切る息子くんをみているとなんだか眩しくて羨ましくなる

日本って全体的に幼いのかな?そんなことやっても意味ない、みたいな感覚が漂っているけど、本当に意味がないとしてもやらないのとやったのとでは天と地の差があるのにね

もちろん中学生らしく、デモに行くこと自体を楽しみにしている部分はあるのだけど、でも当事者意識を持って考えているのはすごいと思う。そういう環境とか政治とかいう話をできる友人がいること自体羨ましいと思う。

 

LGBTQと女性差別

伝統的な婚姻を支持する人々は、家父長制から全く自由な関係性である同性婚に反対するのは当たり前、というようなことが書かれている箇所があって、女性の結婚は奴隷と同じだったとはっきり言っている。ここまで堂々と書かれる文章をあんまり読んだことないから、なんだかこちらも清々しく感じてしまったよね。以前と比べたら女性の結婚もよくなってはきているけれど、家父長制はまだまだ日本はもちろん世界に残っている。今だと財産を取られることはなくなっても名字は取られちゃうことが多い。別にどっちが変えても良いんだけど、結局今までの慣習通りに女性が変えることが多い。一見自由になったように思えるけど、慣習が続く以上はなかなか変わらないと思う

以前Netflixで「世界の恋愛&セックス」という番組を見たのだけど、各国の恋愛事情結婚事情性事情などを実際にインタビューしていて、アジアや中東はかなり家父長制が厳しくて、欧州もまだ女性が主導権を握るのを良しとしない風潮があったりして、かなり興味深かった。一見自由奔放に見えてもそれは淑やかな女性の枠に収まりたくなくてわざとそうしている傾向もあったりして…またいつか詳しく書きたいなあと思う。

 

終わりに

多様性を認めることは今まで「普通」だと思っていた人知らず知らずに恩恵を受けていた人たちを脅かすことになるから反対する人は多いと思うけれど、少数派が生きやすい世界はみんな生きやすい世界だから多様性が尊重される世界になって欲しいし、そう願うだけじゃなくて自分も考えて行動していくべきだな、と色々と考えさせられる本だった。