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【カミュ】ペスト

カミュ】ペスト

話題の本カミュのペストを読んでみたよ◎

感染症が流行り始めてからランキングは常に上位で『今読むべき本!』と称賛もされていたので読みたいな〜読みたいな〜と思っていたらネットで完売…泣。

電子書籍はあったけどなんだか難しそうな感じがするから実際に紙で買わないと読まなくなりそう…と危惧して保留に。やっと購入して読むことができました!

ペスト(新潮文庫)

ペスト(新潮文庫)

 

 

 

 

あらすじ

アルジェリアのオラン市鼠が死に始め原因不明の熱が蔓延する医師リウーペストではないかと疑うが、なかなか対策がまとまらない。ペストの発生によって都市は封鎖され物資も少なくなり市民たちの生活は一変していく。医師リウーを中心としてそれぞれの人物がそれぞれの対処でペストに立ち向かっていくがーーー。


読んでみて

思っていたよりは難しくなかった!っていうのが率直な感想。読む前はもっと難解な本だと思っていたので、普通に物語じゃん!と感じて、案外すらすら読めました。

でも言い回しが難しかったり、一つの文章が4行くらいにわたっていたりして、なんとなく読んでるとちゃんと理解できないこともしばしば代名詞も多いからこれってこのことだよね?となりながら読んでた。読解力のなさの問題かもしれないけどね。


今の状況とリンク

今の状況とかなりリンクした作品だと思う。カミュ第二次世界大戦での経験などを活かしてこの作品を書いているそうで、感染症と戦争とは一見違うもののように思うのに、人間の心性は結局は似たようなものになるのだな、と驚く。原因が違っても自由を奪われて命の危険に晒されるっていうのはものすごくストレスだよね。戦争を行なっていた時も、平和だった時があってそこから色々と規制されていくのだから、ものすごくストレスがあっただろうなと思う。

 

彼らは取り引きを行うことを続け、旅行の準備をしたり、意見をいだいたりしていた。ペストという、未来も、移動も、議論も封じてしまうものなど、どうして考えられたであろうか。彼らは自ら自由であると信じていたし、しかも、天災というものがあるかぎり、何びとも決して自由ではありえないのである。


これ読んで本当それな〜と同意しまくった。今回の感染症だって最初はみんな大したことないと思っていたし、そのうち去っていくものだと考えていた。でもそれは同じような境遇に立たされた時にみんな思うことだったんだな、と。

 

ただ、これだけはいっておきたいですねーーわれわれはあたかも市民の半数が死滅させられる危険がないかのごとくふるまうべきではない、と。なぜなら、その場合には市民は実際そうなってしまうでしょうから。

 

さらに行政や医師会のトップがペストとして判断を下すのを恐れるなか、リウーはペストだった時にどれだけ人が死ぬか考えるように言うのね。読者としてはめちゃくちゃ賢明な判断だと思うけど、実際の現実でやっている人ってほとんどいないよね。メディアも最初はそんなに大したことないから怖がりすぎないで、みたいな情報を流していたし、全体的に何か大きな事が起こらない限りは対処しないっていう風潮が日本全体にあったと思う。周りの国で色々起こっているのに、それを知って心配している人はちょっと過剰、みたいなね。でもそれって人の命を軽んじているんだなと思う。命<経済なんだなとしみじみ感じた。今回はペストではないし比較にならないかもしれないけども。


周囲からの応援

大変な状況に陥っているオラン市に対して、周囲の都市から激励が寄せられるのだけど、これって医療従事者に対して今起こっているものと本当に一緒だなと感じた。一緒すぎてびっくりしたよ。


空路および陸路から送られて来る救助物資と同時に、毎晩、電波に乗ってあるいは新聞紙上で、同情的なあるいは賞賛的な注釈の言葉が、あれ以来孤立しているこの町めがけてとびかかって来た。そしてそのたびごとに、叙事詩調の、あるいは受賞演説調の調子が医師をいらいらさせた。もちろん、彼はそういう懇切な心遣いが見せかけではないことを知っていた。しかし、それは、人々が自分を人類に結びっけるものを表現しようと試みる場合の、慣例的な言葉で表現されるよりしかたがなかった。そしてそういう言葉は、たとえば、ペストのさなかにおいてグランなる人物のー意味するところなど理解しえないために、グランの日々のささやかな努力に対しては用いられようがなかったのである。


現在も医療従事者に対して色々な形で激励が届けられている。別にそれ自体が良くないわけじゃないが、危機に面している中で心身ともに限界になりつつある人々に対してどれほど効果があるのか、ということだと思う。この小説の舞台は今より昔なのに、結局そんなに変わっていないのか、と感じさせる。物資や人材を確保してくれるのが一番であって、危機的な状況にいる間はどれだけ賞賛されてもそれを心から喜ぶことはできないんだよな。だからそういうのに注目できる人々は結局その危機的な状況の外にいる人であって、当事者ではないのだな。もちろん中には激励を受け取る人もいるとは思う。でもそれは一時のことであって、激励があったからといって命の危険がある現場に戻れるわけじゃない。今の状況として医療従事者は現代の技術の中で考えると完全には安全とは言えない状況に従事しなければならないし、そのことによって何か手当てが出るのが一般的なわけでもない。また、ライフライン全般を担っている全ての職種の人に言えることでもあるが、焦点があたるのはヒーロー的な役割の人に多い。

 

浮き彫りになる貧富の差

「いや、だめだ」と、医師は考えるのであった。「愛するか、あるいはともに死ぬかだ、それ以外に術はないのだ。彼らはあまりにも遠くにいる。」


「ステイホームをしよう」と呼びかけられる人々と「ステイホーム自体ができない」人々は地理的には近くても全く異なるところにいるんだなと思う。これは医療従事者だけではなく、ステイホームすることで生きていけない人も含まれる。

作中でも物資が少なくなるが、価格が高騰したことで貧乏人は買うことができず金持ちは今までと変わらず手にすることができる、という描写がある。ペストは貧富の差はなく平等にやってくるのにも関わらず、結局それ以外のところで貧富の差が顕著に出てくる。そして感染する可能性のある仕事であっても貧乏人はお金がないためどんどん応募してくる。そしてそれらの仕事に従事して亡くなっていく。感染をお金で完全に防ぐことはできなくてもお金で回避することはできる。そして現実でも本当その通りになっているように思う。つまりお金をどれだけ持っているかで生き延びる確率が違ってくる。こういう非常事態になるとそういう普段は隠れている格差が本当に顕著になるよな、と思う。

 

病と共存する

こんな感じで現在との比較をするのも興味深かったし、今後どうなっていくのか予想が立てられるのも興味深かった。

小説の中ではどんどんペストは進行していくけれど、全ての人が常にペストのことを考えているわけではない。つまりペストが日常に浸透してしまいすぎていて、死が当たり前になっている中では、いちいちどれだけ亡くなったか、というのはあまり意味を見出さなくなってくる。よっぽどひどくなるか落ち着くか以外では話題にのぼらない。つまり共存しないといけなくなってくるわけだけど、私たちも恐らくそうなっていくのだろうな。その時が怖いような気がするけど、でももうそうなっているのかもしれない。

 

タルーの生き方

主人公である医師・リウーの周りには個性的な仲間が集うのだけど、その中でもタルー一番興味深かったランベール心の移ろいも興味深かったのだけど、私はタルーに心を惹かれた。なんというか、生きづらい人だなあ、と思う。ものすごく純粋なところを残したまま大人になったというかまだ純粋だった若い時に衝撃を受けたからその純粋さがそのままになってしまったような…。

大人になると人々は諦めを覚える。私も子どもの頃にこの世のばかばかしさ加減、人の命よりも金が大事だということに気付いて、この世に生きている意味なんてあるのかと考えたりした。でも今この世界に生きていて、それはこの世界の良い面も知ったのと同時にある種の諦めを持ったからだと思う。諦めなければ生きていけない。タルーは徹底的に行動して自分の信念を貫こうとしたそういう生き方は私にはすごく羨ましく感じることがある理不尽さと徹底的に闘うことができる人間は本当に稀有だし特別だと思う。なんとなくカミュはタルーに共感していたのではないかとも感じる。またタルーをみていると環境活動家のグレタさんを思い出したりもする。

 

終わりに

ひとまずここらあたりで終わることにする。でもまだまだちゃんと消化しきれていない作品だったのでまたじっくり考えたいと思う。