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女の国の門

ディストピア小説でもありフェミニズム小説でもある本作。

表紙が独特な感じがして人を選びそうだが、意外に読みやすい。

ていうかめちゃおススメです。

 

あらすじ

女は城壁の中の「女の国」で政治をつかさどり、男は外の「戦士の国」で軍隊を組織する―“大変動”の後の荒廃した世界で、人々は男女に分かれた社会を作り、微妙なバランスを保って生きのびていた。「女の国」に暮らす少女スタヴィアは一人の少年戦士・シャーノンと恋に落ちるがー?!

 

読んでみて

提として「女の国」「戦士の国」に分けられている。

「戦士の国」は男の国で戦うことに特化している。一方、戦うこと以外のあらゆることは「女の国」で行う。

1人の女性が科学、芸術、技能をそれぞれ学ぶ。今は男性のイメージが多い職業である政治や医学や科学なども全て女性が行なっている。

戦うのみ男の仕事でそれ以外のあらゆること食糧を作ることから政治までが全て女性が担う。

そのため「戦士の国」の男性たちは本を読むことを禁じられている。つまり賢くなることを禁じられている。でも「戦士の国」からしてみれば農作物を育てたり必要なものを作ったりという面倒なことは全部女性がしてくれる、という認識でいる。戦うことは大変だし訓練もあるけれど、常に働かないといけないわけではない。そんなに戦があるわけでもない(このあたりの事情は後半で詳しく語られる)。

私だったら本禁止されたら辛すぎるけど、元々本や学ぶことに重きをおいてないから気にならないのだろう。

娯楽も十分にある。そのため、実権を握ろうと思っても面倒なことをしないといけなくなるのが嫌で反乱を諦めたりする。実権を「戦士の国」が握って、そのまま女性たちが働き続けてくれればいいのに…と都合のいいことを考えたりする。

女性の国は常にみんな働いている。学校の期間というのは明確になく、常に何か学び続けなければいけない


んな2つの国が重なることはほとんどない。

ただ、年に一度ほど男女の逢瀬が認められる日がある。子孫を作ることは必要なことだから。

男の子が生まれた場合は、その子がある程度大きくなると「戦士の国」に行くことになる。そしてある年齢になるとそのまま「戦士の国」にい続けるのか「女の国」に戻るのかを決めなければいけなくなる

でもずっと「戦士の国」で過ごしていたのだから大体の男の子はそのまま「戦士の国」にい続けることになる。「女の国」にいる男は女たちの従僕となるわけで、それは負けを意味しているから。

最初に読んだ時は、女性が実権を握っているならそんな悲しいことはやめればいいのにと感じた。多くの母親が息子との別れを悲しんでいるから。でもこのやり方にも実は意味があった。


タヴィアはとても賢い子で、彼女の母親と似ている。一方、姉はあまり似ておらず勉強をせず恋愛に傾いている。そして従僕のジョシュアのことを馬鹿にする。

この似ているー似ていないということも実は全て伏線だったということが分かると驚愕する。でもスタヴィアも恋愛で馬鹿なことをしてしまう

そんなことしないで〜〜〜と何度思ったことか…。シャーノンはスタヴィアのことなんて駒として思ってないのに…。

セプテミウスは冷静にシャーノンを観察していた。スタヴィアも冷静に観察すれば分かることだっただろうと思う。

でも子どもの頃からの友人でたまにしか会えない恋人。自分が守ってあげないといけない存在。そういう要素が彼女の目を曇らせていたのだと思う。でも若い時というか経験しないと分からない時があるからね…。こういう時に無理に引き離そうとするとそれはそれで裏目に出たりするからさ…。難しいよね。


ャーノンたち「戦士の国」の人々は「女の国」の女たちが何か秘密を抱えていると思っている。その秘密が分かれば彼女たちよりも優位になれるはずだと考えている。

秘密秘密ばっかり出てきてうんざりしてしまって、秘密って別にないでしょ…と思っていたら…?!


タヴィアとシャーノンは一緒に外の世界に出るが、シャーノンは言うことを聞かない

というか彼女をレイプする。普通にひどいシーンがサラッと入っていて怖くなる。

「この際だから、はっきりさせておきましょう」

シャーノンはいかにも殊勝な顔つきでうなずいてみせたが、内心ではむかむかしはじめていた。もういいじゃないか。うるせえなあ。いちいちくりかえすことはないだろう。

「この旅では、わたしたちは仲間なのよ。わたしがこんなことに同意したのも、少なくともわたしたちがこどものときに、あなたを傷つけたつぐないをするためよ。わたしがこどものとき、十歳か十一歳だったかしら?ーーこういう冒険をしようと話しあったわ。わたしたちふたりの幻想を満足させるために。そうでしょう?」

シャーノンはうなずいた。もちろん話したとも。それも、もっぱらおれが話したんだ。忘れるとでもっているのか?

「あたしはあなたに誘惑されて、あなたの快楽のために、ジプ シーのキャンプにのこのこついてくるような娘じゃないわ。快楽とは相万互的なものなのよ。おたがいの感覚を思いやりながらふたりでつくりあげていくものなのよ」

シャーノンはふさわしい返答を考えることができなかった。さっきからあることが心にひっかかって、そっちに気をとられていたのだ。

シャーノンがなにもいわないので、スタヴィアは怒りをこらえながら、感情を殺した声でいった。

はっきり言えるスタヴィアはかっこいい。でも雰囲気険悪すぎるんだからもう帰ろう???と何度思ったことか…。

スタヴィアが大人だからかシャーノンの子どもっぽさというか女を物としか考えていないのが目立つ。スタヴィアは対等に接しようとするけれど、そうやって対等に接しようとすること自体がシャーノンにとっては上からに感じてしまう。シャーノンの希望を本当に叶えたいなら「女の国」の男になるしかないから、スタヴィアはシャーノンに勧めるけれど、シャーノンにとっては「女の国」の男になるのはプライドが許さないし、自分のためにスタヴィアには規則を破って欲しいと思っている。破ってくれるのが愛だって感じ。

 

〈女の国〉では、謝肉祭の女あさりをやめて、みずからの情愛とパートナーの愛情をかきたてるために、謝肉祭と謝肉祭のあいだの愛のやりとりーー恋文、詩歌、贈り物を楽しむようになった年かさの男こそが、最高の恋人だと考えられていた。スタヴィアはセックスとセックスのあいまのやりとりのほうがすてきだと思ったが、あえて口にはしなかった。シャーノンの要求にこたえるだけでも、予想以上のエネルギーが必要だということがわかった。それでも残されたエネルギーだけで、なすべき任務を果たすことができるだろう。できるだけ簡素化すればいいのだ。情緒にもエネルギーが必要だったが、もう余分なエネルギーは残っていなかった。情緒はあきらめるしかないだろう。あたかもシャーノンの顔から読みとったものへの報復のように、彼女は冷酷に決断をくだした。ふたりをつき動かしている感情の大部分が、敵意であることに、スタヴィアは気づいていなかった。

この辺りは分かるな〜と思う。

でも情緒をあきらめるなんて悲しすぎる。自分を安売りしないで…。

 

もそもこの「女の国」もディストピアではあるのだけれど、南の国はもっとディストピアで読んでいて辛くなった。

ディトピアというか、リアルというか。南の国は現代の世界観だから。ここまで酷いことは日本ではあまり起こっていないと思うけれど、今もどこかの地域では起こっていることで。

それを描かれると、「女の国」の世界よりもそっちの世界の方が女にとってはディストピアなんだと感じる。

つまり家父長制が顕著で、女は男性の所有物で権利も何もない状態

マッドマックス 怒りのデス・ロードに出てきそうなイメージ。

とにかくひどい。女の数がどんどん減ってきているが、権力を持っている老年の男たちがたくさん娘と結婚していて若い男にはまわってこない。だから女を見つけたら盗んだりする。そしてスタヴィアが捕まってしまうーーー


たちの境遇が辛すぎる。

彼はちょっと考えた。「車軸みたいなもんだな?」

ジョイスは黙ってうなずいたが、心のなかでは絶叫していた。「そうよ、このばかたれ。車軸みたいだって?おまえはそんなことばしか思いつかないの!」それから彼女は感情を押し殺していった。「いいかい、ヒュミリティはたった十四歳なんだよ。まだおとなになっていないんだよ。まだまだ……早すぎるんだよ」

「そうかもしれないな。でも、おれにはあいつしかいないんだ」

「それなら、あの子がスザンナおばさんを訪ねるのを認めてやりなさい。なにかいい方法を教えてくれるかもしれないよ」

「そいつを認めるわけにはいかない」彼は頑固にいいはった。「女たちがたがいに行き来してもろくなことはないと、長老たちはいつもいっているんだ。女たちは聖日や感謝祭や出産だといっては集まり、姉妹妻たちもよるとさわるとおしゃべりばかりしている」自分では気づいていなかったが、ファーストボーンの口調は父親そっくりだった。ひとつひとつのことばの抑揚までそっくりだった。

「さびしいのかもしれないと思ったんだよ。まだ姉妹妻がひとりもいないんだからね」

「それが女のさだめさ」彼は冷淡にいった。

いつか読んだ「生きながら火に焼かれて」のスアドの国のようだと思い出した。家父長制が酷すぎて実の息子でさえ母や姉妹のことを奴隷のように扱う世界

スアドは未婚なのに性交渉したからと親戚や家族から生きながら火に焼かれる。そう聞くとなんて野蛮なとこなんだろう!と思うじゃん?でもスアドの家は裕福でクーラーもテレビもあるお家なんだよね。家自体は日本と変わらない、むしろ日本でも裕福な人しか住めないような住まいに住んでいる。もちろんその恩恵を受けられるのは息子だけで女は母であろうと姉妹であろうと奴隷のように働かせられるんだけど。


タヴィアは急にそんな世界に放り込まれてすごく混乱する

今の日本よりも女性差別がないのが「女の国」だったのに、最もひどい女性差別がある国に連れて行かれたんだから。

そこでの女性たちの願いが逃げたいとかよりもこの先子どもを産みたくない、という思いが切実すぎる。子どもを産んだと思ったらまた妊娠させられる、その繰り返して身体がもたない、ということらしい。

それがなかなか衝撃的だった。

男性側は女のことを物みたいに扱うから配慮しないし、芸術とかの娯楽もないから性交渉くらいしかすることがないし、避妊はさせてもらえない。貧困層だと子どもをたくさん産んだり、子どもをたくさん産ませることで相手をコントロールするDVも実際にあるからね。

でもまあ日本も緊急避妊薬をすぐに手に入れられないので他の国と比べると遅れてるけども。


タヴィアは結婚させられそうになるけれど、シャーノンの子どもを宿していることになればスタヴィアはシャーノンの物になるから手を出すことはできない、という展開になる。

「どのみち、あなたは殺されるかも」

「だが、おまえがこどもを生めば、だれもおまえを妻にすることはできない」

「所有権というわけね」彼女は皮肉たっぷりにいった。「わたしを妊娠させたものがわたしを所有するというわけね?」

「そのとおりだ!」彼は怒気をふくんだ顔でいった。「まさしく、そのとおりだ。うそもごまかしもない。イエスといったらイエスなのだ。おまえがおれのこどもを生んだら、おまえはおれのものだ。おまえがおれのこどもを生んだら、おれを殺してもなんの意味もない。おまえを自分たちのものにできなければ、おれのもらのにしたほうがいい。おれはもっと女をつれてくることができるからな」

女性は物という考えがすごく顕著に表れている。

一度男が手をつけた女性はそれはもうその男のものになる

現代でも女性差別が顕著な国では女性が浮気することは罰せられるけど、男性が浮気しても何もお咎めがない。夫の所有物である女性が他の男性と浮気するのは罪だけど夫が他の女性と浮気するのは罪じゃないっていうね。日本も昔は姦通罪があって夫は浮気した妻と浮気相手を罰することができたけど、女性はそもそも告訴できないというね。

そして今でも誰かの恋人だったりしたらセクハラされないとか、誰かの娘だったら大事に扱われるとか。

相手の所有物なら大事にしなければいけないけれど、そうじゃないならどんなことをしてもいいっていうのは最近読んだ奴隷制も本でもそういう描写があったことを思い出した。自由黒人は自由だけれど、白人が所有していない黒人だからどれだけ傷つけても文句は言われない。つまり奴隷である黒人よりも自由黒人の方が自由だけど、自由だからこそ白人が後ろにいないから他の白人から傷つけられる。白人に所有されている黒人なら見ず知らずの白人からは傷つけられない。なぜなら所有物を傷つけたということで罰則があるから。

姦通罪もそうなんだけど所有物って考えだよね。所有物が傷つけられたから怒る資格があるって。その所有物に意思があることは無視される。

 

牡トナカイはまたうなり声をあげた。「わしのものだ」

「わたしは彼女たちが必要なんです」彼女は噛んでふくめるようにいった。「わかるでしょう、必要なんです」

「わしのものだ」牡トナカイは枝角をさげた。彼女の頭と胸にねらいをさだめ、足もとをひっかいて、突進するための足がかりをさぐった。「わしのものだ」

「なにに使うわけでもないんでしょう。ただ自分のものにしておきたいだけでしょう。彼女たちが牝のこどもを生んだら、みんな殺してしまうんでしょう。あなたのものだというけれどあなたにとってはなんの役にも立たないわ」

「わしのものだ」

戦士の国の男性たちも南の国の男性たちも女が自分の所有物かどうか、そして自分の子どもを産むかどうかを気にしている。まあどっちも女の子には興味ないけど。

自分の子どもを本当に産むかどうかっていう不安はまあ当たり前だけど私にはないので不思議だった。どの男性もそういう不安は持っているのだろうか?

でもそもそも「もしかして自分じゃない人の子ども?」って不安に感じるような相手と結婚しなければいいのにって思ってしまう。浮気するかもっていう相手と一緒にいても幸せになれないと思う。まあ今はDNA鑑定とかがあるから調べることができるけど。

むしろみんなDNA鑑定して、当てはまった人は責任を取るってした方がよくない??

本当に自分の子ども?って心配するわりには責任取らない場合が多いよね。

 

ネタバレあり


の世界は大変動の後に起こった世界。

そしてどうしてこの世界ができたかが明かされる。

男に戦闘本能があるからその戦闘本当を消そうとしたらしい。

戦闘本能の高い男性を淘汰して戦闘本能が高くない男性を増やしていく。戦闘本能の高い男性からは戦闘本能の高い子どもが生まれるから。

発想はおもしろいなと思うけれど、その前に「パワー」を読んじゃったので、やっぱり性差というよりは権力を握った側がそうなるんじゃないかな〜と思ってしまう。なにしろ脳には有意な男女差はないらしじゃないですか。そして「男性らしさ」「女性らしら」のほとんどは文化によって習得されたものだし。

まあ現代はトップがみんな女性っていう状況がないから分からないけれど。どうなんだろうね〜。ただ今の社会で女性をみんなトップにしてどうかってやろうとしても男性優位社会が基盤にあると今までトップに立っていた男性をモデルにするだろうから難しいよね。パワーみたいに支配構造を完全に変えて一から作らないと影響が出そう。

 

も確かに遺伝的な問題はあるかもしれないと思ったりもする。だって貴族とか王族とかって元々は争いで買ったからこそその地位についてるわけじゃないですか。滅亡しないように戦って権力を拡大していったのは。貴族や王族に限らず権力握っている人の多くは戦争したりして勝って勢力を広げていったわけで、そういう人たちの子孫がトップに立っている。資本主義の世界も闘争心がなきゃ上がって行かないと思うし。

戦闘本能が強い人々を減らして、そうじゃない人を増やすと平和になるっていうのは確かに一理あるかもと思う。でも競争心がなくなるといつか衰退していってしまうようにも思ったりもする。

「わたしたちは人為選択しているのね?それをいつまでもつづけるのね??そしていつか、すべての息子がもどってくるようになるのね?男根崇拝もなくなるのね?トランペットもドラムもゲームもなくなるのね?そうなったらどうするの?」

「二度と戦争は起こらないわ」モーゴットはスタヴィアのからだをしっかりと抱きしめながらいった。「理論的に、戦争はありえないわ」

そんなうまくいくかな〜と思う。

今は秘密が守られているけれどいつか守られなくなった時に反乱が起こるのでは?と思ったり。

女性と男性は別物としているけれど、やはり文化的な影響を受けていると思うから男女の差がもっとなくなっていけばまた変わってくるのかな?でもそれがジョシュアたちなのか?

 

ものすごくおもしろかったし、色々と考えさせられた本でした〜!

闇の左手と同様にこちらも好き!

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