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文学系心理士の感想部屋

文学系心理士が好きなことを徒然なるままに書きまくるブログ。小説、NETFLIX、たまに心理学のことも♪

上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!

漫画家の田房永子さんと有名な上野千鶴子先生との対談。

親子ほど歳の離れた二人の歴史や家族関係、母ー娘関係、フェミニズムについて。

 

構難しそうな本なのかと思っていたら、そんなことはなくスラスラと読むことができた。

対談形式なので二人の会話を横で聞いている感じに読めてとにかく読みやすい。

上野千鶴子先生は1948年生まれ、田房永子さんは1978年生まれ。私が生まれていなかった時代のことは全然知らなかったのでとても勉強になった。なにかで昔はお尻触ったりするのが当たり前だったというのを知った時に驚愕したけれど、そんな感じで当時は当たり前でも今は知らない人が多いことがたくさん書かれてあった。

こんなにひどかったのか…と思うとまだ完全に改善されていないのも当たり前な気がする。

 

常小学校の途中から男女が別学だったということを聞いて衝撃を受けた。昔観た戦争のアニメとかではそんな描写なかったような?わざわざ言及されていないと気づかなかったかもしれないし、そこまで正確に書いていなかったのかもしれない。子どもだったから記憶違いかも。

にしても別学だった時代から共学になっただけで男女平等というのはなかなかすごい。その時代から見たら今は差別はないように見えるのだろうな。


性をクリスマスケーキに例えるのは以前から知っていたけれど、最初聞いた時そんな失礼なことある!?って思ってしまった。でもそれが当時は一般的な認識だったのだよね。そりゃ結婚しなきゃってなるよね…。

今も結婚しなきゃっていう圧力はあるけれど、その年齢がどんどん上がってきてはいるように思う。

でも私の友人たちも親のため、祖父母のために結婚してあげたいという人がいる。それだけが理由ではないけれどそれも理由の一つというか。その考えは私にはなかったのですごいなと思った。そういう世間一般の圧力や家族や周囲の人からの圧力はまだまだあるのだと思う。私はたまたま周囲の人がそうじゃなかっただけで。

 

「The personal is politicalーー個人的なことは政治的なこと」

確かに。医学部入試で女性が不合格になっていた件とか緊急避妊薬が全く通らない件とか今もあるよね。


ーマンリブが世界同時的に登場したことは初めて知った。ここで性に奔放な女性が出てくる。ところが結局コンドームじゃ避妊がうまくできなくて妊娠してしまう女性が増え、割を食うのは女性ばかりということになったらしい。

いや、本当にそうだなと思う。前に読んだ小説で「性交渉が趣味!」っていう女の子の小説があったけど、ピルを飲んでない限り楽しめないと思う。そして日本ではピルも医師の許可が必要だしコンドームやピル以外での避妊方法はまだほとんどなく、緊急避妊薬を手に入れるのも大変というね。もしかして1970年代から全然進んでない??


ーンズを履くことで性的主体性ができたっていうのが辛い。スカートだとなし崩し的になるからって理由らしく、ベルトだと女性も脱ぐのを手伝わないと脱げなかったかららしい。女性の同意とか全くなかったのだな…。ミニスカとパンストがセットじゃないと普及しなかったていうのも衝撃的。やばすぎる。

こういうのが当たり前の世界に生きてきた男性からしたら女性の同意があるかないかで裁判沙汰になるのは信じられないだろうな。どれだけの女性が辛い経験をしてきたか…。こういう価値観の中では慰安婦が問題にならないのも当然のように感じる。

スカートを履くのが普通だったっていうのも、かなり不自由だったのだろうなと思う。めちゃ歩きづらいじゃん〜走りにくいじゃん〜寒いしさ。

でも制服は今もそうだよね?私すごく冷え性なのだけど、思春期の時に寒い制服を着させられてニットとかも着れなくてタイツは履けたけどそれでも寒くて寒くて、いつも家に帰ると足の感覚が全くなかったんだよね。当時はそれが普通だと思っていたけれど、今思うとヤバいし制服のせいでより冷え性になった気がする。

制服はあってもいいけどもっと機能性を重視したり、教室だけじゃなくて体育館とか廊下とか生徒が長時間いるところには冷暖房を完備して欲しい。


本市議会の女性議員の話も覚えているけれど、そもそもの話が市議会に保育所がないというところに驚愕。

仕事場でしょ…?

作ればいいじゃんね。ほとんどの議員が男性だから困らないんだろうな〜。昔は女子トイレもなかったとか言うし。

 

モに向いている人なんていないよ!って上野先生が言っていて、私も田房さんと同じく「そっか!」と目から鱗

別にデモをやっている人たちが特別なんじゃなくって、どうしても変えたいから切羽詰まってやっているってことなんだよね。デモが好きとかじゃなく。

当たり前だけれど当事者の人がデモをすることが多いし。そう思うとデモをしていた人たちの努力に自分は乗っかっていたのだな、と思う。

国家としてはデモを特別なことにしたいんだよね。そっちの方がやる人が少なくなるし、そこれそお金もらってやっているとか言われたりするじゃん。「特殊な人」って分断させたいのだろうな…。ただ日本の教育って子どもの頃から従順であることを望まれるわけで、そこから急にデモをやるのはハードルが高いように思う。言い訳だけど…。

 

平不満が溜まるけれど、今の人はSNSでガス抜きしてしまっている、というのを読んで、そういう見方もあるのかと思った。

まあ確かにいい面もあるだろうけど、そのせいで現状を変えることができないなら確かによくないよね〜。でも逆に目が覚めることもあるだろうし…。

自分と同じ境遇の人がいるっていうことを知れるのはSNSの強みだと思う。


大生の性暴力被害で一番多い事案はストーカーらしい。

上野さんの「自分がすべてをコントロールできると思っているんでしょう」という言葉が分かりみすぎる。彼らは実際に能力があってそれを認められているからこそ、恋愛でうまく行かないと思えない。挫折経験がないのも要因の一つかもしれないし、東大に入れば安泰って言われ続けてきたのも要因かもしれない。でもどれだけ恵まれていてもその人にとっての不幸なことや悲しいことは絶対あるはずだから。

男性に限らず女性でも特に行動しなくてもいつか素敵な人が表れるはずって思っている人はいる。でも無条件に愛される人なんて滅多にいないので、自分で行動しないといけない。何も関係を築いていないのに自分のことを好きになってくれるということはほぼないので。

恋愛を特別なものとして見ずに普通に友達関係と同じだと考えた方が分かりやすいと思う。どんな素晴らしい人だったとしても合うー合わないはある。でも恋愛になると対象を自分と同じ人として見ないことが多いように思う。だから東大に入っていい企業に就職して努力している自分を選んでくれなかったら憤るし、受身的で何もしなくても自分の魅力に気づいて告白してくれる人がいるはずって思ったりするのでは?

 

人として素敵なのにどうしてもちょっと女性のことを下に見ている人って賢い人にもいる。それを表立って表現していることは少ないし「女の子だからね」みたいにふんわり包まれていることも多いけど。私が難しい話をしたり反論したらめちゃ嫌がりそうだなあとは思っていた。

中学生のファッション雑誌を読んでいた頃から女の子は男の子を立てるもの!っていうのが載っていたので、そうしなきゃいけないと思っていた部分もある。「さしすせそ」を言うのが大事!みたいな。そういうのを昔はずっと信じていた。今思うとなんてものを中学生に読ませるんだ!と思うけど。

モテるとか恋人を作るためじゃなくて、まず相手と友人になるとか信頼関係を作る方法を教えてほしかったよね。そう思えてない相手とは無理して付き合わなくてもいいし恋人を無理に作ろうと思わなくてもいいよっていうのを知りたかった。


ェミニストのイメージについて語っている。

やはりネガティブなイメージがある。フェミニストなら叩かれても仕方ないという空気というか。フェミニストという言葉を使わない方がいいよねって。

フェミニストという言葉にすごく意味を持たせている人がたくさんいて、それこそがまだまだ差別があるということなのだと感じる。

 

フェミニズムという言葉が全肯定されないのは、まだ全てを差別だと認識されていないからのように思う。ここまではいいけど、ここからを求めるのは行き過ぎという感覚があるのだろう。だから「自分はフェミニストじゃないけれど、女性差別には反対」というよく分からない文脈ができる。女性差別はよくないことだけどフェミニストを名乗るのは過激っていう感覚。女性差別はよくないよねっていう認識が生まれたのは進んでいるとは思うけど。


書に「性暴力は女性問題ではなく男性問題」だと書かれている。でもそれを認めるのは自分たちが加害者であるということを認めることだからとても大変だと思う。しかも別に認めなくても自分達にとって問題は特にないし。

私はニュースで女性が見知らぬ男性に殺される事件を見るたびに他人事じゃないと感じる。そういう事件を見ようとしていなくても、たまにニュースをつけるとやっている。すごく多い。加害者が全く知らない相手の場合も多い。そういうのを見るととても怖くて防犯に気をつけようと思うけれど、本当はそれを見て問題にすべきは男性なんだと思う。でも男性はその事件の被害者と自分を重ね合わせないから問題にはしない。自分が加害者になるとも思っていないし。でも圧倒的に男性が加害者で女性が被害者ならそれは加害者側である男性が変えていくべきことだよね。女性がいくら防犯に気をつけても無理だから。こういう事件がたくさん起こっている背景にある認知の歪みを正すべきだと思う。女性は自分の思い通りになるはず、ならなければ殺してもいいという認知の歪みを。

 

「男性文化は異文化なんだからさ。そうやって少しずつでも学習してもらえばいいよ」

これはなかなか衝撃的だった。つまり今の既存の社会は男性文化だと認めるわけで…。私は子どもの頃から男女平等だと思ってきた。だってそうやって学校で習ったし法律も習ったし…。でも確かに本当はまだまだ男性文化だったのかも。

そう認めるのはある意味諦めだと思う。今までは何かの間違いで起こっていると思っていた。医学部試験も学校の問題というか…。構造としてはあるけれどそれが当たり前だと思われてきたって思いたくなかったというか。

ハリエット・タブマンの本で彼女は人種差別や女性差別に立ち向かったのだけれど、

彼女は連帯しない黒人がいても、糾弾することはしなかった。そして、基本的には、加害者である白人に対して恨みを持たなかった。理解ある善意の白人がいることを否定せず、彼らを拒否せずに迎え入れて連帯し、頼る必要がある時は頼った。


この部分が大人な対応すぎて私には無理!って思っていたのだけれど、きっとハリエットにとっては社会が白人男性社会として作られていることが分かっていたのだと気づいた。

私は今まで男女平等になっているはずの社会でなっていないのは何かの間違いだと思ってきた。だからこそ怒りが湧いてきたしおかしいと思ってきた。そういう差別をしている人たちはその組織が変だったのだと思うことが多かった。

でもそうじゃなくて今はまだ男性社会の構造をそもそも変えることができていなかったのだと気づいた。法律はできたけど、その法律ができたのだってそんな昔のことじゃないのだから。

 

フェミニズムは弱者が強者になりたいという思想ではありません。弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。

これが心に残った。

男女平等なら女性は結婚も出産もせずに男性並みに働くとか女性も戦地に行くべきって言われるけれど、それを目指すよりは男性も育休を取れるようにするとか戦地に行かなくてもいい世界を目指す方がいいように思う。

本作にも戦争に行った後のPTSDがDVに影響していたと書かれている。それはそうだと思う。戦争って勝ったとしても戦争に行った人にとってはいいことなんてない。終わった後が辛いと思う。

それにバリバリ働くっていうのができる人は心身ともに健康で家族的な問題もなく家事や育児や介護を他の人がやってくれているという状況がないとできない。頑張りすぎて途中で身体を壊したりしたらすぐにそこから脱落しちゃう。それよりもバリバリ働くっていう基準を下げた方がみんな生きやすいし、男性自身も仕事以外のこともできるようになると思う。今の基準が高すぎると思う。

以前に読んだ「闇の左手」では、男性女性という性別は流動的であるためどっちが子どもを産むのかはその時になってみないと分からない。だから産休は全ての人が取ることが前提なので当たり前に社会に組み込まれているっていうのを読んでそういうふうになって欲しいなと思った。

 

フェミニズムは女が女であることを愛し、受け入れる思想


自分の中にあるミソジニーと闘い続けてきた人をフェミニストと呼ぶ


フェミニストは自己申告概念だから、そう名乗った人がフェミ


フェミは多様なものよ。一人一派、それ以上あるかもしれない。

 

ガヤトリ・スピヴァク

どこで生まれたものであれ使えるものはなんでも使えばいい

 

佐野洋子「シズコさん」

何を怖れる フェミニズムを生きた女たち

田房永子さん編集のエトセトラ

エトセトラ VOL.1

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