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青い目 茶色い目 人種差別と闘った教育の記録

ジェーン・エリオット先生小学3年生に行った人種差別を体験させるための授業の記録

同じクラスの子どもたちを青い目・茶色い目に分け、1日目は片方を優遇し、片方が劣っていると言い、2日目には逆のことをする実験授業。

 

エリオット先生がその授業をすることに決めたのはマーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺されたことがきっかけだった。

差別のために戦ってきたキング牧師が差別主義者に殺されてしまう。

そしてそのことを報道する白人の大人たちは、「私たち(白人)」「彼ら(黒人)」を全く別であると考え、まるで黒人を動物かのように表現した

そのことに対してエリオット先生はどうにかしなければいけないと感じる。

気が重いながらもエリオット先生はその授業をやることにするがー


驚くべきことに、予め差別を体験する授業であることは伝えていたにも関わらず、子どもたちは今まで仲良くしていた同級生を差別し始めた

子どもたちは、差別される側に入れられた時は辛く悲しく自分がダメな人間のように感じ、優遇される側に入れられた時は自分は優秀なんだと感じていた。

ピグマリオン効果(教師期待効果)というものがあるけれど、前もってロールプレイングのようなものであると伝えていてもその効果は絶大であり、そうなると日々差別を受けている人のことを思うと悲しくなってしまう。

社会全体でそれをやっているわけだからね…。


エリオット先生は、自分の考えとは全く逆なことを行う必要があり、さらに今まで築き上げてきた子どもたちとの信頼を壊すことに抵抗を感じていたが、それでも必要だと考え、翌年もさらに翌年も同じ小学校3年生の子どもたちに行っていった


2年目も1年目とは大きく変わらなかったが、驚いたのは

目の色で差別することに一貫して反対した子

どのグループに入れられようと周りへの対応も自分への対応も変わらなかった子

がいたことだった。

これができるのはすごいことだと思う


また、エリオット先生の目の色は青色であり、青色の目が差別される状況の時にある子がエリオット先生に言った言葉が衝撃的だった。

エリオット先生が些細な失敗をしたときに、その子は「青い目がだからだよ」と先生のことを揶揄した。

言わされたのでもなく自然に。

それに対して違う子は「先生は元々それをやるのがうまくなかっただけだよ」と反撃するのだが…


先生という自分より上の立場の相手に対しても差別的なことを言ってしまう。

そもそもこの試み自体がエリオット先生という「先生」が子どもたちに言ったことが大きいのだが、それを超えてしまいエリオット先生自体も差別できてしまう。

彼らは最初ためらいながらも、私の言葉を信じました。私がそうだと言ったから、私が教師だったからです。そのうち子供たちは、自分でもそうだと納得して、私の言葉を信じるようになりました。

そしてもちろん、彼らは納得したのです。

『劣っている」グループは、実際、勉強でも劣っていたではありませんか?

いつも間違いを指摘されていたではありませんか

すねていて、怠慢で、不機嫌だったではありませんか?

そして、こうしたことは、就職の際に黒人を差別しておいて、彼らは床掃除ができないと批判するのと、まったく同じではないでしょうか?

その人が失敗したのはある一つの違いが原因であり、その差異のせいで劣っているのだと思われてしまう。

そしてそれに反論したとしても元々の理論が破綻しているのだから勝つことはできない。

自分は劣っていないと認めさせられたとしても、それはきっと例外だとされてしまい、他の人々は劣っていることにさせられてしまうだろう。

 


そして3年目にはとうとうテレビの取材班がやってくる。

1970年のことだった。

ドキュメンタリーを作るためだった。1日前から教室に入り、子どもたちに慣れてもらい、次の日から実験が始まった

この映像は今でも調べれば出てくるのでぜひ見てほしい


本当に悲しそうな顔をした子、エリオットの先生の言葉に耳を塞ぎ抗議のために机を叩いた子、面白がって差別してしまう子、今までは差別的な言葉ではなかった目の色を言われて喧嘩してしまう子、仲良しだったのに仲が悪くなってしまう子…。


このドキュメンタリーの反響は凄まじく、好意的な反応もあれば「ヤラセだ!」と非難するものもあった。

ジェーンが受け取り、クラスで読んだ人種差別論者からの手紙への子供たちの反応は、健全で知的なものだった。

「子供たちは、自分たちが知っていることを知らない大人たちもいるのだ、と言う結論を、恐らくしぶしぶ導き出しました」と、ジェーンは言う。

「そのことで子供たちは、ますますこの授業の大切さに気づいたと思います。そして、自分自身で考えようという決意を新たにしてくれたら、というのが私の願いです。」

この実験をやった後に、差別的な言葉を言う祖母に対して厳しく指摘した子兄弟にとても優しくできるようになった子成績が上がった子などがいた。

その後、このドキュメンタリーに登場した子どもたちが14年後にエリオット先生と再会する。子どもたちは当時のこと鮮明に覚えており、すでに子どもがいる場合は子どもにも伝えているようであった。

実際に体験するということは、何かを見聞きするよりもとても衝撃的で深く心に残るのだろう

ただ、エリオット先生はこのやり方が子どもたちに最適だと思っておらず、教師や大人にやる分にはいいが、子どもたちにはもっとより安全なやり方があればそちらをやりたいと考えているようであった。


悲しかったのは、エリオット先生の4人の子どもたちが差別主義者の標的にあったことだ。

中学では娘さんは、つねられ、蹴られ、唾をはきかけられた。高校では持ち物がメチャメチャにされ、トイレの壁には彼女の口紅で「黒んぼびいき」と書かれていた。

息子さんは毎晩帰りに車に乗った5人のティーンエイジャーにつけ回され、殴られた。

そういうことをされても、学校では

「あの授業を始める前に覚悟しておくべきだったんですよ。こうなることは分かっていたんですから。今となっては、耐えるしかありませんね。」

と言ったそう。


とうとうエリオット一家は引っ越すこととなってしまったただ、エリオット先生だけは同じ小学校で教え続けた

学校においてもここまで差別が蔓延していたことは悲しい。

正しいことをしていても、正しいからこそではあるのだろうけど、自分の子どもが傷つけられるのは悲しかっただろうな。


後々、エリオット先生は学校を辞め、この差別の授業を大人にも向けてやるようになる

大学生にやっている映像は調べれば出てくるよ。

最初に見た時はなかなかに衝撃を受けた

とにかくエリオット先生がひどい!いじめているように見えてしまう

そして周りからもそう批判される。


この授業ではエリオット先生は差別主義者になってやっているのだから、ひどいやつになってしまうのは仕方がないのだとは思うけれど…。

自分だったら悲しいなと思う。

でもそう思うのがすでに特権なのだろうけれど。

有色人種の人々にとっては日常茶飯事であり、命の危険もなく大学の単位が取れる状況は恵まれているのだろう。

私もアメリカに行ったら有色人種にはなるけれど、日本にいる限りはマジョリティであるからアメリカでの白人と同じ立場に立っているのだと思う。

日本にも差別はあるし、というか差別がないところなんてないと思うので。少なくとも今は。


日本での差別についての本も読んでいきたいと思った。


エリオット先生が作中で「ブラック・ライク・ミー(私のように黒い夜)」を紹介していて嬉しくなった。とてもいい本(とても悲しいけれど)なのでぜひ読んで欲しい。

心に残った言葉

彼らと私が違うのはただ一点だけ。彼らは、偏見や憎しみや恐怖の対象にされた時の気持ちを知っているのに、私は知らないという点だけだ。


子どもたちの一人、キャロル。アンダーソンの言葉。

「マルチン・ルーサー・キングは、黒人たちが白人のように、望んでいるものを手に入れられるようになることを願っていました。そしてそのために殺されました。彼は差別に殺されたのです」


はじめて実験をやった翌年から、エリオット先生は読み書きが苦手な子どもたちを担当することとなった。

彼女が最初から力点を置いたのは、読書力の問題について子供たちと率直に話し合うこと、それは解決可能だとはっきり言うこと、その子供たちはバカだと思われたり、バカだと言われたりしことがあるかもしれないが、実際はどうではないと信じさせること、そして彼女と力を合わせてそうではないことを証明しようと約束をすることである。

この考え方は素晴らしいと思う。でもこう言い続けていたけれど、実験後に目覚ましく成績が良くなった子がいたというのは考えさせられる。

 

「しかし、それ以上に、子供たちは、こうした痛々しい方法によって知ったことを覚えておいてほしいのです。つまり、人を人種とか肌の色とか宗教とかその他の特徴にょって差別するのは、論理的でも合理的でもないということ、そんなことは無意味だということ、もっとひどいことに、自分できちんと考えていないと、差別は外側から彼らにも押しつけられてしまうということを覚えておいてほしいのです。

子供たちには今後ずっと、誰かが真実だと言ったからといって、また、ある事実が確定的であるかのように社会全体が振る舞っているからといって、そのとおりとは限らないということを知っていてほしいのです。自分で考え、推理し、問い直してほしいのです。私の授業が、子供たちがそうした方向へ進むためのきっかけになればいいのですが。」

 

『それは事実じゃない』と言えること、少なくとも、自分の周りではそんなことを言わないでくれと頼めるようになることです。あの子たちには、身に着けた新しい態度を維持する以上のことをしてほしいのです。人種差別に出くわした時、何らかの方法で、積極的に抵抗してほしいのです。

人種差別に出くわした時に止めること。固まらずに、大したことないと矮小化せずにその場でしっかり言えるようになりたい。そういう時に咄嗟に言えるようにやはり怒る練習をするのは大事だと思う。怒鳴ることが怒ることではないから。愛想笑いして流したりせずにちゃんと抵抗したい。

 

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「青い目がほしい」は1970年に発表。

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