シャーロック・ホームズとその生みの親コナン・ドイルについて詳しく書かれている作品。
興味深かったのはシャーロック・ホームズについて説明する際に、まるでホームズが実在する人物かのように書いていたところ!
「それはコナン・ドイルがこうしたかったからでは?」という部分でも、ホームズのターンではちゃんとホームズがどう思うか、どう考えるかが書かれてあって面白かった。
もちろんコナン・ドイルのターンではドイルの裏の事情がちゃんと書かれてある。
ドイルは純文学の世界にいきたくって、そこで認められたいと思っていたのにホームズがとてつもなく人気になってしまう。
ドイルがホームズものを描きたくなくて、ホームズをスイスのライへンバッハの滝に落としたってことは知った時は驚いた。
なにしろコナン・ドイル=シャーロック・ホームズだったから。
この本でどうしてドイルがそう思ったのか、そう思うようになった経緯を知ることができた。
いやーーー、でも生みの親がもう描きたくないって思うのはホームズが可哀想に思ってしまう。
もちろんドイルも可哀想なんだけども。悲しいね。
ただホームズ人気は生みの親であるドイルでさえ制御できず、復活を遂げるのだけれど。
大衆文学じゃなくて純文学で認められたかったドイル。
とにかくお金が必要だったので、色々な分野の話を書いていて、そのうちの一つであるホームズがヒットしてしまった。
才能はあるのは確かだし、物書きとして認められてはいるのに本来の分野にはいけないもどかしさ。
小説家になれない人から見たら贅沢な悩みなのかもしれないけれど、小説家である人にとってはよくある悩みだったりするのだろうか、と思ったり。
漫画ではよく聞く気がする。
最初のヒット作のイメージがついちゃうとか、本当に描きたかった作品がなかなか描けないとか。
まあドイルも最終的には自分が大衆文学でやっていくことを認めることにはなる。
今の時代からみると、シャーロック・ホームズほど有名な作品ってそこまで多くないから、シャーロック・ホームズを生み出しただけで十分にすごいと思うんだけどね〜。
ただ、ドイルとホームズがイコールになっちゃっている感は強い。
私もこの作品を読んで、ドイルってこんなに幅広く書いてたんだ、たくさんの分野でたくさんのジャンルを書いてたんだ、ということを初めて知った。
そして、ホームズ作品以外でも高い評価を受けていることを。
色々と気になる作品があったので少しずつ読んでいきたい。
あと、シャーロック・ホームズの事件についても発生順から説明されている。
学生の頃に概ね読んだと思ってたのだけれど、まだ全然読んでなかったということに気づいた。
長めの作品は読んでいると思うけども短編集をこんなに読んでいない気がする。
順番に読んでいきたい。
ドイルの人生はなかなか興味深かった。
身分自体はそれなりに高いけれど、貧乏な両親の長男として生まれたドイル。
気位の高い母の期待を一身に背負って医者となる。
かなーり母に影響を受けていて、お母さんっ子だったのだな、と。
父がアルコール依存症だったみたいで、あまり父としての役割を果たせず母が全ての役割を担っていたみたい。
そんな父は今でいう精神科病院に入院して結局そこで亡くなってしまったそう。うーむ。
ドイルの父の家系は芸術一家だったようだが、ドイルにはあまり芸術的な才能はないとみなされ大学に進むことになった。絵の才能は特別なかったかもしれないけれど、文筆としての才能は飛び抜けていたのでは?と感じる。
ドイルは捕鯨船に乗ったり、船医として働いたり、一歩間違えば死ぬ可能性が高い仕事をしていて驚いた。
活動家という面も持っており、とても活動的な人だったのだと感じた。
安易に行動しすぎて失敗することもあったそうだが…。
その活動性を私にも分けて欲しい。
第一次世界大戦が勃発し、大事な人が亡くなっていく中で、ドイルは心霊主義に深く入っていく。
当時は交霊会などが盛んだったよう。
大事な人たちを突然奪われるという経験をする中で心霊主義に入っていくのは共感できた。
今の感覚でいうと胡散臭く感じてしまうし、実際ドイルは騙されることも多かったようだが、その根本の考えは理解できたように思う。
有名な妖精写真では後年偽物だったということが分かっている。
心霊主義に入って行ったことでドイルから離れていった人も大勢いたようで、それでも自分の信念を貫き通したドイルは強い人だったのだと感じた。
ただ、まあ不倫はなんともいえない気持ちになった。
気持ちは分からないではないけれど、やっぱりルイーズのことを考えると悲しくなってしまうよね〜。
ドイルは騎士道精神を貫いてルイーズを献身的に支えていたのだけどね。
当時としては最善だったと思うのだけど、現代的に考えると辛くない?と思ってしまう。
この時代は女性から離婚することもできなかったみたいで、女性一人で生きていくことは難しかった時代だからね。
当時のオリンピックについてドイルは批判したらしく、
「ある人々が主張しているようにスポーツが国際親善に役立っているとは思えない」
と後年書いていたよう。
競争的・商業的になることを懸念していたよう。
今はより国との間の競争が厳しくなり、商業的にもなり…。
それが当たり前だと思っていたけれど、元々は競争して勝つことが目的じゃなくって親善が目的だったのか、ということに気づいた。
本気でやってベストを尽くす必要はあると思うけれど、どの国がどのくらいメダルをとった〜とかは本来の目的とは違ったのではないだろうか?
と、色々考えさせられました。
あと、エジンバラ大学の同級生ジョージ・バッドの逸話が面白すぎて、他の逸話があるなら知りたくなった笑。
ドイルは行動する人ではあったけれど真面目でしっかり者で純粋で…。一方、バッドは暗黙の了解とか全く意に解さない自分の世界を生きる人だよね。
同じ時代の作家としてチャールズ・ディケンズ、ロバート・ルイス・スティーヴンソンも出てくる。
ホワイト・カンパニー
チャレンジャー教授
この辺りが気になる。