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【アトウッド】侍女の物語

侍女の物語【電子書籍】[ マーガレット アトウッド ]

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もう最高でした!怖いけどもすごくいい作品!

あらすじ

オブフレッドは「侍女」として司令官の家に仕えている。家の中を切り盛りする使用人とは違って、「侍女」は特別な仕事をするためにいる。オブフレッドは時折、自分が自由だった過去を振り返りーー。

読んでみて

ジョージ・オーウェルの「1984年」と似たような印象を受ける作品。1984年から影響を受けていることが分かる。あとがきでは姉妹編とも書かれていて、まさにその通り。ただ、1984年は何の色もない白黒なイメージが強いけど、侍女の物語では赤い服や青い服など色彩を使う描写が多い。真っ赤な服を着る女性。Huluにてドラマ版の「侍女の物語」が配信されているけれど、赤い服が強く印象に残る。

 


ネタバレを含みます!

 

はじまりは…

分かりやすい起承転結の物語にはなっていない。「オブフレッド」という女性が主人公であることは分かるが、彼女が一体どういう立場に置かれているかはよく分からない。というか、正確には彼女自身もしっかりとは理解していない。私たちが知っているような世界が、そう遠くない昔に存在しており、オブフレッド自身も今の私たちと変わらないように生きてきたことが分かる。でもどこかで何かが起こり、彼女は囚われの身となり、「侍女」として生きるしかなくなってしまう。

 

空気感や花やそういった日常の当たり前の描写がとても丁寧で、彼女と一緒に同じ空間にいるような気持ちになる。花や空気や建物は変わっていないのに彼女を取り巻く環境は全く変わってしまったことが分かって薄気味悪い。時折オブフレッドが、「この場所は昔は〇〇だった」と考える描写がある。その店や大学の建物自体は存在しているのに本来の目的だったものはなくなってしまう。そんな急激な変化が短時間で起こるなんてとても怖く感じる。

 

侍女としての役割

Huluのドラマは観ていないのだけれど、作品としては有名なので何となくは話を知っていた。だからオブフレッドがどういう目的の侍女なのかは知っていたのだけど、その描写が私の予想を遥かに上回って醜悪だったのでびっくりしてしまった。醜悪さで言ったらアメリカン・ホラー・ストーリーくらい。あっちの方がまだちょっとポップさがあるのに。

 

とにかく侍女と司令官の子作りの場に「妻」も同席させるのには驚いた。ただ同席させるだけじゃなくって、妻の股の間に侍女が頭を置く。現在の感覚で言うと醜悪すぎる。でもなにより今で言う性的なものを一切排除している感じも怖かった。結局監視社会を作ると1984年っぽくなるんだなと。

一応、宗教的な考えも含まれているんだろうけど、女性を自由にしないために性的な快楽を感じさせないようにするって言うのはよく使われる手だと思う。侍女の物語の場合は司令官側も侍女に対して性的な何かを抱かないようにはなっているのだけど。でも司令官側には多少の自由がある。でも侍女側にはその自由はない。オブフレッドは司令官の言うことを聞くしかない。

 

彼女が司令官に連れられて子作りが目的ではない性交渉をしようとしたときに彼を受け入れられないのがすごく印象的だった。そりゃそうだよ、となる。司令官との間では雰囲気はどうであれ彼女は選ぶことができなくって、ニックとの関係では全く選ぶことができないわけではない。

 

作中で恋愛結婚でなくてもお見合いでも幸せになれるって言う場面があるのだけど、それは確かにそうだと思う。お見合いでも恋愛結婚より幸せになる人はいるだろうし。でも大事なのは誰かに決められるのではなく、自分で決める自由があるかどうかなのだと思う。結果がどうであれ。自由であれば結果は自分の責任になるけれど、自分で決めれないと言う不自由さは感じなくっても済む。

 

ディストピアな世界

あり得ないような世界にオブフレッドは住んでいる。1984年と似ているところがいくつかあって、監視社会であること、性的な快楽が否定されていること、子作りのための結婚(性交渉)であること、女性は文字を読むことも書くことも禁止されていること、以前からあった雑誌や服飾などあらゆる娯楽は消え去っていること、たまにガス抜きがあること…。

 

監視社会にするために考えることは似通うんだね。その点、すばらしき新世界は侍女の物語ともまた違う側面から描いている。すばらしき新世界の方は性的な快楽が第一に考えられる。愛とか恋とか恋愛とか恋人とかではなく一時の快楽が大事ってことになる。でもまあ、性的なことに対して重点を置かないっていう意味ではどれも一緒ではあるんだけどね。そして親しい相手を作らないっていう点でも似ている。恋愛って制御不能に映るから、そういう相手を作らない社会にした方が安心なんだろうね。

 

この本の最後には、恐らく150年以上先の未来に開かれた歴史学会の講演も載っている。最初は著者のマーガレット・アトウッドがどこかの学会で実際に話した内容が書いてあるのかと思ったのだけど、現在よりも未来の年代が書かれていたのでこれも本作の一部なのだと気づいた。

 

オブフレッドが生きてきた時代よりも未来において学者たちはそれはどういう時代だったのか考える。オブフレッドがこれからどうなるんだ?!っていう場面から一転してそれなので、何というか拍子抜けしてしまう。学者たちはジョークを言って時には笑ったりしている。あそこまで生々しく生きていたオフブレッドが急に過ぎ去った人になり、結局は歴史の一部として消えてしまったことが分かる。描き方としてはとても素晴らしいんだけど、学者たちからするとオブフレッドの世界は人ごとなんだと感じて辛くなってしまう。

 

いつのまにか逃げられなくなる

オブフレッドがどうして「侍女」になってしまったのかも少しずつ明かされる。彼女には夫がいて子どもがいて母がいた。逃げようとしたけれど、結局は捕まってしまう。怖いのはそれが徐々に起こっていくこと。徐々にではなかったら、みんなパニックになって暴動を起こしたり逃げたりしたかもしれない。でも徐々に起こると、人は慣れてしまう。そういうものなんだなって。その描写がとても怖かった。

 

「茶色い朝」という作品を思い出した。どんどん規制されていって、最後には自分も…という作品だ。また、「夜と霧」も思い出した。そして第二次世界大戦ユダヤ人の大虐殺についても。一見あり得なさそうに思えるけれど、まだ70年ほど前にある特定の人種が虐殺されたのを知っている身としては決してあり得ない話ではないんだと思う。急には起こらないと思う。でもちょっとずつ起こるかもしれない。

 

かの有名なフロイトユダヤ人で晩年はロンドンに亡命した。

夜と霧を書いたフランクル精神科医フロイトに師事したが、彼は強制収容所に送られてしまう。

一方、日本で最近よく聞くアドラーは1935年にアメリカに移住している。

サウンド・オブ・ミュージックで有名な彼らも亡命をしている。

 

当たり前に暮らしていた日常に少しずつ影が忍び寄ってくる。でもそれがどういう結果を生むのかまでは考えれないというか、まさかそんなことまで…という気持ちが出てきてしまう。実際、ナチスがやっていたことも知らないドイツ国民は多かった。解放されて初めて近くに住んでいたドイツ人たちが強制収容所の実態を知ったり。もちろん彼らはそれを知っておくべきだったし、知らなかっただけでは済まされないのだけど、あまりに非道なことが起こっていると逆に真実じゃないように思ってしまう。ユダヤ人たちもまさか自分たちを殺すための施設だとは思わなかった人も多かったみたいだし。帰れると思ってトランクに自分の住所や名前を書いていたのは辛い。もちろん最悪の状況を想定していた人はいただろうけれど、まさかそんな、という気持ちもあったと思う。

 

昔から考えていることとして、どうしてみんな反対しなかったのか、どうして逃げなかったのか?と思うことがあるけれど、曖昧な状況の中で逃げられるのはよっぽど先見の明がある人だし、ギリギリの状態で逃げれる人はよっぽど運がいいかツテがある人だと最近は分かるようになった。そもそも全くお金がなかったら逃げれないし。それこそみんなが慌てて逃げるときはもう逃げられないように政権が対策とるわけだしね。

どうして反対しなかったか、については茶色の朝が描いている通りだと思う。

 

印象に残っているところ

印象に残っているところがいくつかあって、一つは「オブフレッド」という名前が司令官の名前、恐らく「フレッド」という名前に「of」という所有格をつけているという設定。囚人も数字で読んだりするし、強制収容所でも数字で呼ぶし、そう思うと名前をなくすことが相手を人間ではなくす一番手っ取り早い行為なのかもしれない。それは名前を取られる側も名前を取った側も。人間だって思わなければ無駄な罪悪感を感じないで済むからね。

 

あとは、「再婚の夫婦と未婚者の私通をすべて姦通だと宣言し、女性のパートナーを逮捕した」という部分。オブフレッドがどういう理由で今の境遇になったのかは作中では曖昧なままで、一部の権力者以外みんな徴収されたのかと思ったけれど、そうではなかったらしい。少なくともオブフレッドがいた時点では。全く違う生活になってしまった人々がいる一方で、表面的にはこれまで通りに過ごせている人たちがいるって思うと、その対照さが逆に怖い。

 

自由には二種類あるのです、とリディア小母は言った。したいことをする自由と、されたくないことをされない自由です。無秩序の時代にあったのは、したいことをする自由でした。今、あなた方に与えられつつあるのは、されたくないことをされない自由なのです。それを過小評価してはいけませんよ。

女性を保護するという名目があって、昔よりも安全になっていると言う。それは自由と引き換えではあるのだけど、でも、女性が被害者になっていた事件が多いのを当たり前だと思っていたのももしかしたら変だったのかもと考えさせられる。自由と引き換えにではなく、女性が安全に暮らせる方法があるのではないだろうか。

 

多様性について

ナチスユダヤ人だけではなく政治犯や障害者や同性愛者やそういった人たちも収容した。自分はユダヤ人じゃないから大丈夫、自分は女性じゃないから大丈夫っていうわけではない。

 

現在は多様性が尊重されるようになって、多様性が尊重される社会は全ての人が生きやすい社会になると思う。

ただ特権的な立場にいた人にとっては生きにくい世界になったと感じやすいから、反対する人は必ずいる。アメリカでは入学者率が低い人種に対しての優遇措置がある。でも白人からみると自分たちの枠が少なくなって阻害されているとなる場合もある。実際、彼らよりも裕福な人たちが優遇されていたら自分たちが阻害されていると感じやすいのは分かる。

 

でもジェーン・エリオット先生の青い目と茶色の目の大学版では差別される側ではない人々に対して当事者意識を実感させるようにしている。歪になっていた状態を変えるためには、一時的な優遇措置を取るのは仕方がないと思う。一見、損しているように見えても長い目で見たら多様性がある社会の方が全ての人にとって絶対に居心地がいいはず。

 

だから本来なら女性たちが職を解雇され、口座が凍結された時点でルークは声を上げなきゃいけなかった。女性を慰めるんじゃなくって。女性はもちろんだけど、男性であるルークたちみんなが声をあげるべきだった。既に女性を無力化しようとしていたわけだから、女性だけ反対しても止めることは難しかったはずだから。だからこそ男性たちも反対しなければいけなかった。そうしないと茶色の朝と一緒でいつの日にか自分たちも同じ目にあってしまうんだろう。

 

今も起こっている世界

あとがきの部分にて作家の落合恵子さんが同時多発テロがあった2001年にこのあとがきを書いていると言われている。2001年!暴力は暴力しか産まないと書いてあるが本当にその通りだし、その後の世界がどうなっているかをその時に知ったらどう思われたのだろう!

 

ディストピア小説じゃなくっても世界は混沌としている。新型コロナウイルスが流行しているこの世界も、違う時代から見たらドラマのように思えるだろうし、10年前に言われても冗談だと思うだろう。

 

侍女の物語はある意味では起こってはいないけれど、ある意味では今も起こっている。落合さんは「半過去」と言われている。うまい言葉だと思う。女性に選挙権がなかったのも、遺産を相続できなかったのもそんな前の話ではない。結婚するのも子どもを産むのも当たり前だったのも、離婚なんて簡単にできなかったのもそんな前の話ではない。大学に行かせてもらなかったり、県外の大学に行くのを反対されたり、わざと女性の医学部受験者に対して減点していたのは?女性が従事することの多い職種で給与が低いのは?結婚した場合、女性が姓を変えることが多いのは?

 

オブレッドの世界では女性の預金が凍結され、近親者の男性の管理におかれた。誰かを支配させたい場合は自由に使えるお金を減らすのが一番得策なんだろう。お金があればどこへでも行けちゃう。だからこそトークンを使うのだろうし、戦時中も配給制だったのだと思う。今も女性は低賃金で働くことが多いし、結婚や出産があると男性よりも昇給が難しい。

 

そしてどこかの国では今も子どもの時に結婚をさせられたり、性産業で働かされたり、誘拐されたりが起こっていてそういうのは半過去ですらない。車を運転できないというのもあった。そう思うとオブレッドの物語は決して空想的なものではなく、どこかで起こっている可能性がある物語なのかもしれない。

 

ちなみに最近続編が出たみたいです!こっちも読むのが楽しみ!

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