【上橋菜穂子】精霊の木
上橋菜穂子のデビュー作。この作品を院生時代に書いたなんて本当にすごいと思う。ただただ尊敬。
あらすじ
環境が破壊されて地球が滅びた未来。人類は異星に住んでいた。そこで生まれ育った少年シンは、従姉妹のリシアに備わった不思議な力が先住民であった異星人の力だと知る。真実をつかもうとする二人に、歴史を闇に葬ろうとする組織の手が迫るがーーー!?
読んでみて
上橋菜穂子さんのデビュー作である「精霊の木」は上橋菜穂子の源流である作品だと思う。
あとがきに「今の自分ならこういうふうに書かない」って書いてあるんだけども、最近の「鹿の王」とかその後の作品を知っている側からすると本当そうだなーと思う。なんというか「精霊の木」は上橋さんが表現したいものをそのまま表してる作品なんだと思う。彼女の根底には元々住んでいた人々や文化を破壊した側に対しての猛烈な怒りがある。それをそのまま描いた作品が本作。悪く言うとあんまり洗練されてないと言うか、その側面が強調されすぎてると言うか...。物語としては面白いし上手くまとまっているのだけど、その後の彼女の作品を知っているからこそそう感じるんだと思う。
「鹿の王」とかは文化を破壊される側とする側が融和していく姿が割と描かれている。精霊の木でもシンは黄昏の民にはならずに今の自分のままの自分でいることを決めるのだけど、なんて言うかリシアの考えが主でシンの考えは副、みたいな立ち位置なんだよね。だからシンという別の視点も入れているんだけど、リシア側が主なんだなって感じるので作者の世の中にある理不尽さへの猛烈な怒りをそのまま実感できてしまう。
私もそういう時期があったし今でも時折あるからすごくよく分かる。この世の理不尽さに憤って絶望してどうにかなんとかしたくなるんだよね。
精霊の守り人シリーズではチャグムは一貫して自国が他国に従属せずに独立していく道を探るんだけれど、他の国の中には従属したことでより豊かになった国もあるんだよね。従属する側も極力傷つけず文化も残したまま支配者を変えるだけの政策を取ってたりもする。もちろん傷つく人間や殺される人間はいる。でもそれは従属しても独立しようと頑張っても変わらない。どちらをより益とするかということ。そういう従属する側の視点も描かれてるのが精霊の木との違いかなあ。シンやリシアを追う側が結局悪いやつで終わってしまうのが後の作品を知ってる身としては残念だなぁってちょっと思ったり。もちろん文化を破壊しその住民を死に追いやるのはどんな理由があっても正当化されないし、問題なのだけど、敵役の小物感がすごかったのでもう少し人間くささがあっても良いのかなーとね。
上橋さん本人は一貫して侵略する側を嫌っているし消されてしまった文化を尊んでいるのだけど、それでも後々の作品ではちょっとずついろんな視点が入って深くなっていってるんだよね。
厳しい現実を見せつつも宮部みゆきよりは突き放さないところが上橋菜穂子だなぁと思う。笑
多分現実で起こった悲惨なことを様々みてきたからこそ物語では必ずどこかに希望を描いているように感じる。物語で理想を描いてる部分もあるのかなぁって思ったり。特にこのデビュー作はそういう願いが強い作品だと思う。
感動する場面も多かったし、私たち日本人も何気なく暮らしているけれど、他国を侵略し文化を取ったという歴史があることを思い出させてくれる。日本人って必ずしも単一民族じゃないんだよなって。
あとは環境破壊で地球が住めなくなったっていうところが、最近の暖冬と重なって考えさせられた。あと50年もしたら何か変わってたりするのかと思うと怖い。夢物語だと思えないんだよね...。
迷いながらもなんとか頑張るシンとまっすぐなリシアの若々しいコンビに力をもらえた作品でした〜!