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【宮部みゆき】英雄の書

宮部みゆき】英雄の書

英雄の書読了した!!過ぎ去りし王国の城と同じくファンタジーなのか微妙な作品ではあるけど、過ぎ去りし王国の城よりはファンタジー要素は強かった!実際に異世界的なところに行くしね。ただ、現実的な部分、少年の殺人事件、無差別事件、戦争、争い、そういったことに焦点を充てているので完全なファンタジーってよりは社会問題を提起してる部分が強い作品かなぁと思う。

あらすじ

森崎友理子は小学5年生。兄で中学生の大樹は成績優秀スポーツ万能誰からも注目される自慢の兄だったはずが、ある時学校で殺傷沙汰を起こし逃亡してしまう。大樹は大叔父の別荘にあった「エルムの書」に触れたために英雄に取り憑かれてしまったことが分かる。兄を救い出すため友理子は冒険を始めるがーーー!?

 

読んでみて
主人公は小学5年生の友理子。もう大人になった私からするとそんな子どもが向き合わないといけないなんて大変すぎない??となってしまう。いやほんと。同世代とか中高生の時に読んでたらまた違ってたんだろうけどね。大人になってから読むと友理子が混乱するのそりゃ当然だよねってなる。後は仕方がないんだけど大人が疎外されてるのが悲しいー!

Netflixで大好きなストレンジャーシングスは子どもが主でありつつ大人たちも頑張るからすごく楽しかったんだよね。まぁ年齢的には高校生役あたりの子たちが自分には近いんだけど。やっぱ子どもだけでがんばる!ってなると設定だから仕方ないんだけど、頼れる大人には頼って!心配すぎる!ってなってしまうよね。まあ頼れる大人がいないのもあるんだろうけど。将来頼れる大人になりたいなぁ、なんて。でも子どもだけで解決するのは子ども目線からしたらすごく自信がつく出来事だろうし、そのメンバーとは特別なものになると思うから羨ましくはあるんだけどね。


英雄には表裏があってその裏に友理子の兄は魅入られてしまうんだけど、ちょっと難しい。つまり私たちは善悪を日頃よく使うけれど、善悪は簡単に区切れないものばっかりなんだよね、実際は。

友理子は最初よく分かってなかったんだけど、そりゃそうだよなって思う。私もそういうの分かったのは大学生になってからだった。それまでは善と悪正解と不正解、そういうふうに割り切ってしか考えられなかった。ニュースで犯罪を犯した人を見るとその人は悪だと思っていた。たしかにその側面では悪だったんだと思う。でもその人の人生全てが悪かどうかは分からない。例えば蜘蛛の糸のガンタダは悪行を色々としたけれど蜘蛛を一匹助けたから観音様から糸を垂らされる。つまりその蜘蛛からみたらガンタダは英雄だったわけだ。

つまり悪が善かは簡単には断定できないということ。見方を変えれば善悪は変わるということ。ややこしや。

だから英雄の書でも英雄に表裏があるっていう設定になってる。善から悪になることもあるし悪から善になることもある。英雄は強いからこそ英雄であり、道を踏み外せば英雄ではなくなってしまう。例えばみんな大好き水戸黄門でも、印籠を出すだけで皆を平伏できる水戸光圀公はそれだけ偉大なのだけど、同時に悪いことも簡単にできる。しようと思えばできるし、そうなったら水戸黄門を止めるのはかなり大変になる。

スター・ウォーズでも善から悪に変わってしまう。些細な出来事で簡単に悪になる。それは誰しも悪の部分を持ってるからだと思う。英雄である分、反転した時の闇も大きくなるんだろう。善から悪に行くのは簡単だけれど悪から善になるのは難しい。なったとしてもガンタダみたいな悪の中の一側面の善にしかならないんじゃないかなぁ。

友理子ことユーリは結局、英雄の裏側である黄衣の王を倒す旅ではなく、罪を犯してしまった兄を助ける旅をしたのだけど、これも善に戻るのは難しいってことなのだと思う。犯してしまった罪は取り消せない些細なことで悪に陥ったら簡単に善に戻ることはできない。大樹の場合は記憶を全て消され、個さえもなくして初めてその罪が清算されることになる。悲しい反面、もう罪悪感に囚われなくても済むのはこの方法しかないんだと思う。めでたしめでたしとはいかない宮部みゆきなのでシビアだなぁと思う。

最後にユーリは狼として黄衣の王を追って狩るものになるけれどそれも裏を返せば英雄に近づいたことのようにも感じる。ただユーリは英雄が何者かも知って理解してるからこそ、英雄のような存在、悪を追う正義の存在になったとしても黄衣の王にはならないのかなあと思う。英雄の裏表を知ったユーリだからこそ、ある意味英雄の表である狼になることができたし、だからこそ選ばれたのだろう。そういう存在が狼になるんだろうと思う。

英雄の書はファンタジーっぽくはないし、現実を突きつけてくるし、あんまり夢心地にはなれなかったけれど、善と悪、表と裏の危うさを思い出させてくれる作品だった。自分も日頃から注意しないとな。