あらすじ
冷戦下のアメリカ。ロシア移民の娘であるイリーナはCIAにタイピストとして入職する。ところが裏の仕事としてスパイになることになりー?!一方ソ連では、作家のボリス・パステルナークが「ドクトル・ジバゴ」を描き続けていた。モデルとなったオリガは強制収容所に入れられてしまうーー。
読んでみて
「アメリカで出版契約金200万ドルのデビュー作で、アメリカで初版20万部、世界30ヵ国で翻訳決定、アメリカ探偵クラブ主催の2020年エドガー賞最優秀新人賞ノミネート」というすごい作品。
おもしろいのが著者のラーラ・プレスコットは「ドクトル・ジバゴ」の主人公・ラーラと同じ名前でもある。
私はドクトル・ジバゴも知らなかったし、この作品がどういう内容かも知らずに読み始めた。もっと本の話なのかと思っていたら冷戦もの、スパイものだった。しかも本当の話で、「ドクトル・ジバゴ」も実際にある。映画化もされており、1965年の作品らしい。ちょうどNetflixで「ストレンジャー・シングス」を観ていたらレンタルショップのところで「ドクトル・ジバゴ」の名前が出てきてびっくりした!私が知らないだけでめちゃ有名な作品みたいですね。そのうち読んでみたい。
あまり普段はスパイものとか観ない。戦争ものの本は読むことが多いけれどもっと一市民目線の凄惨な戦争の物語を読むことが多いので、こういう形の戦争ものは初めてだった。そもそも冷戦なので普段読む第二次世界大戦と内容が違うのは当然なのだろうけど。
何人かの視点から語られる物語で、あらすじにはイリーナの名前があるけれどイリーナだけが主人公なわけではない。
ロシア移民でアメリカに住みCIAのスパイとして活動することになるイリーナ。
同じくスパイで第二次世界大戦から活躍しているサリー。
ボリスの愛人であり「ドクトル・ジバゴ」のヒロインのモデルでもあるオリガ。
「ドクトル・ジバゴ」を書いているロシアの作家ボリス・パステルナーク。
大体この辺りの登場人物が主軸となって物語が進んでいく。
直接戦うような場面はないのだけれど、オリガが強制収容所に連れていかれる場面がすごく辛かった。
強制収容所は劣悪だし人としての尊厳を失わされる。しかもオリガ自身のせいで入れられたのではなく、ボリスの愛人だったからボリスに圧力をかけるために連れていかれたのだよね。
強制収容所では強制労働をさせられるのだけれど、何十時間も穴を掘ったりするような辛くて無意味なことをさせられる。ソ連だから寒い。地面も硬い。第二次世界大戦の時にソ連に連れていかれた日本兵たちのことを思い出した。
食事も満足に食べさせてもらえないし、ずっと外にいるわけだから肌が荒れる。それまで綺麗だったオリガが急に年をとったようになってしまう。肌が変わっていくっていう描写がすごく印象に残っている。今までの自分と違う自分に変わってきているっていう。生きているだけでもいいと思わないといけないのかもしれないけど、そういう変化が堪えるように思う。オリガは数年で出たけれど、一生いる人もいるかと思うととても辛い。
はっきり言って私だったらボリスのこと嫌いになってしまうというか、ボリスが悪いわけじゃないと分かっていても今まで通り愛せないと思う。なのにボリスの方が会う時に怖がっていて会わなかったりして、「なんだこの男?!!」となりました。だって自分の代わりに強制収容所に行ったようなもんじゃん?!!とイライラ。葛藤するのは分からないでもないのだけど、だからって会いに行かないのはひどいでしょ!
あとオリガとボリスの関係が愛人で、妻と離婚できない理由も分かるけれどオリガが都合のいい相手として扱われているのが嫌だった。妻でもないし家族でもないからいつでも切り捨てられるというか。最後も会わせないってどうなの??と思ってしまった。だからまあ家族じゃなくて愛人だったのだなあ、と。いい意味でも悪い意味でも。大事な人ではあったのだろうけど。あと妻のことも思うとうーーーんという感じ。まあなんか昔の倫理観って今思うとどうなの?ってなること多いし、著名で素晴らしい人でも男尊女卑で女性にはひどい人とかいるもんね。昔はそれでも良かったのだろうけど、今はそれだとさ…というね。
私はオリガにもっと幸せになって欲しいと思ってしまった。愛人なんかじゃなくてさ…。二人の絆は本物だったとは思うのだけど、でもオリガばかり理不尽な目に遭っているように思えてしまった。そもそもはオリガをひどい目に合わせたソ連側のせいなのだけど。こういうことをして人に言うことを聞かせるのだな…。
イリーナとサリーの関係がすごく好きだった。
とにかくサリーがかっこいい。
第二次世界大戦ではすごく活躍したのに、戦争が終わると女性にスパイは無理ってことになってしまったらしい。意味分からないよね。
まあ日本でも男性がいない間は女性が車掌になったりしていたけれど、男性が戻ってきたらなれなくなってしまったらしいので、そういうことだと思うけど。ひどい。
女性はただのタイピスト。男性たちの言葉を記録するだけ。女性の意見は求めてない。求めているのはお茶汲みだけ。
サリーは「宝島」「ロビンソン・クルーソー漂流記」「洞窟の女王」を子どもの時代には読んだと書かれている。「洞窟の女王」は知らなかったので読んでみたい。
読んでいて、最初はなぜイリーナとサリーの関係が暴かれると良くないのか全然分からなかった。
「なんで???誰と付き合おうがなんでそれがCIAを辞めることまでに発展するの???」って。
でもしばらくしてこれが冷戦の時代だってことに気づいた。冷戦の時代は同性愛ってことが分かると職を追われることになってたらしいんだって。今も完全に差別がなくなってはいないし、同じような目に遭っている人がいなくなっているわけではないけれど、現代の感覚でいうと「CIAがそんなことするの?!」という驚きの方が強い。今やったら大問題だよ。何も仕事に関係ないのに。
イリーナは最初は初心者で、サリーに色々教えてもらっていた。でもだんだんできるようになっていって、大事な仕事もこなせるようになっていく。万博でドクトル・ジバゴを秘密裏にソ連の人々に配る場面はドキドキした。意外に持って行ってくれる人がいるのにもびっくり。でも表紙を変えたりどこかに隠せるようにしないといけなかったけれど。自国の本が他国でしか読めなくて自国で読めないって変な感じだよね。絶対にそうなって欲しくないな。
イリーナとサリーの関係が甘酸っぱくてとてもよかった。私、男性同士の謂わゆるBLにはそんな興味ないのだけど、女性同士の恋愛は好きなのだよね。多分女性の方が自分を投影しやすいからなんだろうけど。BL好きな人は壁になりたいって言うの聞くので自分をあんまり投影したくないのだろうね。
この時代はサリーみたいに自由に生きたい女性にとっては男性と恋愛しにくかったろうなと思う。仕事をしてても家庭に入って良妻賢母になって欲しかったり、サリーみたいな女性は遊ぶにはいいけど家庭には別のもっと家庭的な女性を求めていたり。
強くてかっこよくて憧れてしまうようなサリーが性的暴行を受ける場面がある。あまりにもあっさり書かれていて、でも私はすごく衝撃的だったし加害者を罰して欲しかったし、周りが流すのが信じられなかった。サリー自身もその場では諦めるのもとても辛かった。
友人だった相手がサリーの状況を理解した上で何も対応しないのが最悪すぎた。結局のところサリーは切り捨てられる相手で、どれだけ優秀であろうと性的暴行のために加害者である男性を切り捨てる方が損って考えられている。大学を出た優秀な女性が男性たちの発言のをタイピングするしかできなくて自分の意見を言ったらその仕事でさえ外されてしまうのだから。
よく男性の将来のことを考えて、とか聞くじゃん?他の犯罪でそんなこと言う??
とにかくすごく怒っていたのだけど、サリーも同様に怒っていて復讐を果たす。この復讐は本当に怖い復讐で、そういう状況になってしまったことは悲しかった。これもちゃんと法律で罰することができていたら違っていたわけでしょ?ちゃんと法律で裁かれなかったらこうなってしまったわけで。法の下に平等に裁かれることは大事だと思う。ただ、この方法はサリーらしいと思ってしまった。今までの全てを捨てても復讐したのが。
サリーとイリーナが別れて行ってしまうのは悲しかった。
イリーナのお母さんが亡くなる場面も悲しかったし。
でも最後の場面で衝撃的な事実が分かってよかった。あの場面は本当に感動した。
この本を読んで一冊の本がこれほど力を持つことに改めて驚いた。
何気なくいつも本を読んでいるけれど、本にはこれほど力があったんだって。今、当たり前に好きな本を読めて色々な外国の本も読めて、過去に問題作と言われた本も読めるって贅沢なことだよね。独裁国家になったらそういう自由もなくなるわけだから絶対になって欲しくない。どこの国も。女性が学ぶことさえ禁じている国なんて酷すぎる。知識は力で知識があることで支配されにくくなる。
ネットもいい面はあるけれど、フェイクが混じりやすいしそういう意味では本って最強だと思う。まあ色んな本を読む必要はあるけどね。
作中に出てきた作品。
「宝島」
「ロビンソン・クルーソー漂流記」
「洞窟の女王」
「動物農場」
「若い芸術家の肖像」
「ロリータ」
「カラマーゾフの兄弟」
「罪と罰」
「白痴」
「路上」
「荒涼館」
「リトル・ドリット」
「007/ダイヤモンドは永遠に」
「グレート・ギャツビー」
「神は躓く」
同じ翻訳者さんが翻訳した作品!
どちらも戦争に翻弄される女性たちの絆と闘いを描いた作品!
「コードネーム・ヴェリティ」
「ローズ・アンダーファイア」
この2冊読みたい!!